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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

よういどん

『妖怪へぇこいたの手記』

誰もが自分だけの価値観や考え方、ルールを持って生きている。

自分に理解できない行動をしている人物を見た時、その人がどういう人なのか、おかしいのか正常なのか、それらを決めるのは自分の基準が元になる。そうしてなんとか「理解できないこと」を減らそうとするのである。

 

夜も遅くなり、無口で草臥れた人々が沢山乗っている電車内。

多くの人々にとっては、それはただの帰宅時間であり、億劫な電車での移動であり、また疲れに最後のトドメを刺す拷問のような時間だったりする。

 

しかし僕には――勝負の時!

疲れ顔のサラリーマン達よ、お前たちは一位になりたくないのか!

まだ、一日の終わりの、最後のイベントがあるじゃないか!

そう、「改札競争」がッ!

ルールを忘れたってぇ?この社畜ども!決して走ってはいけない。妨害をしてはいけない。自然体でなくてはいけない。競争していると気取られてはいけない。

それさえ守れば、あとは地上出口のタイルに降りる、というゴールを目指しひたすら急ぐのみ。

 

僕は、自慢ではないが過去に三度、一位を取っている。この喜びは一位を取った者にしかわかるまい。

おびただしい数の人々が電車に乗り、駅で降りるというのに、僕が誰よりも先頭にいるのだという優越感。すべての人々が僕が通った道を泣く泣く通るしかないという事実。

そして、目の前には誰一人としていない。僕が一位、僕が今宵の覇者。

 

一位を取る為には生半可な気持ちではイケナイ。勝負は、電車に乗ったその瞬間から始まっているのだ。

改札出口に向かうエスカレーター前に丁度良く止まるのはどの車両のどのドアか、そこをまず知っておかねば決して一位は取れない。

昨晩の競争では、僕の目の前にダボダボのスエットを履いたヤンキー風の男がいた。

僕の昨晩のスタートはなかなかだった。

しかしエスカレーターが少し詰まっていたので、僕は迷わず階段をチョイスし、秘技一段飛ばし歩きで次々と順位を上げていっていたのだ。

しかしエスカレーター組と階段組とが合流する踊り場で、そのヤンキー風の男は僕の前に突如出てきた。

かといって、こなクソと急いで追い抜くことはできない。ルールの一つ、あくまでも自然体でーーに反するからだ。

その時点で、ヤンキーは一位だった。僕は悔しいことに二位に甘んじている。

改札を抜け、長い通路を歩き、最後の地上改札出口へと続く階段へ差し掛かった時ーーヤンキーは油断したのだ。

なぜか奴は急にペースダウンし、フラフラチャラチャラと格好付けて階段を登り始めたのだ。

馬鹿め!

だから貴様は永遠にチャラ男なのだ!

最後の最後まで油断していいわけがないだろう!

この勝負、貰った!!!

そして僕はほんの僅かに一段飛ばしで登る歩速を早め、ギリギリでヤンキーよりも先に地上を踏んだのである。

それが、三度目の一位。

 

さて。

これはもちろん僕が考えた僕のルールの中だけでの出来事である。

しかし。

時に特異なルールも価値観も、たまたま他の誰かと被ってしまうことがある。

ある日の改札競争でのこと。

スタートは完璧だった。電車のドアが開き、誰よりも速くエスカレーターまで 到達し、そこでも気を緩めずしっかりと歩き続けた。

そして階段との合流地点でーー僕の前にスラリとした風貌のサラリーマンが現れ、颯爽と僕を抜いていった。その瞬間、彼はぼくの顔をチラッと見た。その眼を見た僕は、気付いた。

「この男もやっている……」

それは僕の勘違いだろう。いや、勘違いであって欲しかった。

しかし彼は、改札を抜け、階段に差し掛かるまで、全くスキの無い歩きで僕に追い抜かせなかった。

最後の階段。僕はまだ秘技一段飛ばしをその日は使っていなかった。最後の階段。そこが、勝負。

僕がグンと足に力を入れ、あくまでも「わたし今日ちょっと楽な仕事しかしなかったもので体力有り余ってますから一段飛ばしとかしちゃいますけど何か?」な顔を装いそのサラリーマンを追い抜こうとした瞬間ーー彼も自然な身のこなしで一段飛ばしで階段を登り始めたのである。

間違いなく、その男も一位を狙っている、と僕は確信した。

結果、僕は負けた。その日は二位だった。

でも、特異なルールを共有している(細部はきっと違うのだろうけど)と思われる人物に出会い、僕は嬉しかった。

ただの孤独な妄想レースであったものが、突然現実世界での熾烈な競争へと変わったのだ。

一人のライバルの出現によって。

彼にはステキなコードネームを与えよう。逃げ足の速い、ぬっぺふほふ。そう、あいつはぬっぺふほふ。

そして僕は、執念の蛇となり安珍を追う清姫。そう、僕は清姫。

理解できない事を理解しあってしまった気になっている妖怪達に何が起こるのか。

 

戦いはまだ始まったばかりである。