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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

水木しげるがほんとうの妖怪になった

『妖怪へぇこいたの手記』

仕事も手につかないほどの衝撃、水木先生が鬼籍に入られたとの報は、そこまで水木フリークではない僕でも妖怪にどっぷり浸かっているだけあってかしばし呆然としてしまいました。

現代における妖怪のカタチの基礎を築いたのは間違いなく水木先生であり、今こうして妖怪だ魑魅魍魎だとわいわい言えるのも間違いなく水木先生の妖怪キャラクター達が土台にいてくれるからで、とにかく妖怪界に於いては誰よりも妖怪を愛し妖怪が浸透していくのを仕掛けた大御所であります。

 

さて僕はかつて調布市は深大寺傍に住んでおりました。妖怪のよの字も知らぬ時分に引っ越して、京極夏彦大先生の巷説百物語きっかけで妖怪ブログなんか始めるほどにハマり、今では心の支えにまでなっているのが妖怪です。

そして恐ろしいことに、僕はそれだけ妖怪にハマっていながら、水木しげる先生が調布に住んでいることをしばらくの間知らなかったのです。

しかしそれを知った日、僕が妖怪にハマっていったのも、もしかしたら水木力が大いに働いていたんじゃないか、と思ったもんです。

深大寺も大好きでした。まさかそこに水木先生がふらっとよく出没しているなんてことはつゆ知らず、呑気に初詣なんかしてたわけです。

 

結局。

一度も直接逢うことは叶いませんでした。

知人に聞いた噂では、それこそ「妖怪のような元気さで」水木翁は深大寺界隈を歩いていたと聞きます。

妖怪検定中級を受けた去年、僕は試験当日に深大寺横の道をバイクで走った際、水木先生らしき人物をチラっと見かけました。

本当にちらっと顔の部分が見えただけで、それが果たして本人かはわからなかったのですが、妙にドキドキしたのを覚えています。

結果、試験は一発合格。

あれが水木先生だったかどうかは別として、僕の中では「縁起の良い妖怪水木しげるに逢えた」ということにしています。

 

そう。

もう、水木しげるは、生きながらにして妖怪の貫禄を備えていた――いや、妖怪だったのでしょう。僕の中では、怪異と同じレベルに「水木先生を見た」という事が並んでいるのです。何度も言いますが、それが本人であったかどうかは別としてです。

縁起の良い神様か何かを語るように水木先生を語ったとして、違和感はそうないように思うのです。

 

悲観するのでなく、「ついにほんとうの妖怪になってしまったんだな」と思います。

水木しげるは、妖怪でしょう。今までも。これからも。

僕はできることしかできません。これからも妖怪を愛し、笑い、楽しむだけ。

ただ、水木先生がこっそり与えてくれていたであろう水木力、妖怪力は、これからも僕を妖怪に惹きつけ続けることでしょう。

 

ただただありがとうと想いながら、今宵はどこからともなく聞こえてくるであろうゲゲゲの歌に耳を澄ませたいと思います。