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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

可憐な美女の背後に鬼

『妖怪へぇこいたの手記』

エスカレーターには暗黙のルールというものがある。

急いでいる者は右側を上り、そうでない者は左側に乗る、というルールだ。

とある駅で、クタクタだったし本当は左側に乗りたかったのだけれど、あまりにも列が長かったので仕方なく右側で上ることにした。

僕の目の前には千鳥足で少々酒臭い、細身のジーンズに、スタッズを散りばめたジャケットを着たパンクロックなお姉さん(顔は見ていないので、妖怪否哉でもない限りはたぶんお姉さんと言って差し支えない年齢)。その前には、マー〇ーなら盗撮したくなっちゃうであろう素敵なフリルの付いた紺のスカートを履いた可憐な美女。

もちろん、その二人と僕のいる場所はエスカレーターの右側、つまり立ち止まることは社会の暗黙のルールで禁止された列。

だというのに、エスカレーターの終着点までまだ半分以上あるであろう位置で、前のパンクロック姉さんの足が止まったのだ。

原因は、可憐な美女が立ち止まったからにほかならない。美女は、スマホをいじりながら突然ルールを破ったのである。

しかし僕は疲れていたし、時間も遅かったし、もはや何時になろうと「遅い」ことに変わりはないな――と開き直ってもいたので別段なんとも思わなかった。

暗黙のルールがあるとはいえ、本来はエスカレーター上では急ぐべきではないのだろうし。

しかしパンクロック姉さんは違った。

まず、露骨に舌うちをした。しかし美女は涼しい顔をしている(美女はこともあろうに顔を横に向けていたのだ。ゆえに表情が半分読み取れた)。

次に姉さんは手で手すりを指でトントンとたたき始めた。

と、さすがに背後の気配に気づいた美女は、歩き始めてくれた。

と思ったのに、またすぐに立ち止まった。

そしてパンクロック姉さんは、突然背後へ(僕の方を)振り返った。

真っ赤な顔、熱い息、歌舞伎のような形相。

鬼だ。

と僕は思った。やはり酔っぱらっていたのだろう。そして、たぶん僕に同意を求めるために振り返ったに違いない。

「このクソアマが進まないせいで渋滞しててイラつくでしょ? でしょ?」

とでも言わんばかりに。

しかし僕は鬼の顔にビビッてしまい――すぅっと視線を逸らした。

 

結局美女はエスカレーターが上に僕らを運び終わるまで動くことはなかった。

そのすぐ先には階段があったのだが、そこで鬼の姉さんは美女を追い抜き、鬼の眼光で睨み付けていった。

しかし美女も負けじと、ちょっと侮蔑のこもった冷徹な視線で対抗していた。さらに直後、再びスマホを階段を上りながらいじり始め二度目の渋滞を作り始めた。

さて鬼は誰なのか。

 

 

鬼の語源は、この世ならざるものという意味で使われていた隠(おぬ)だという。

人は皆、自分でもわからない隠れた顔を持っている。

それがふとしたきっかけで出てしまった時、他人はそれを「鬼」と呼ぶのである。

鬼は隠のままにしておくに越したことはないーーなんて死にかけた脳の内におもひぬ。