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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

平将門

平将門(たいらのまさかど)

名高い三大怨霊の中でも、未だ祟りが怖くて紹介できずにいた(ほんとは忘れてた。やばい祟られる)のがこの平将門である。

三大怨霊と言えば、天満宮の祀る天神様、菅原道真と、島流しに遭い鬼となった崇徳上皇がそれにあたる。

 

平将門は、平安時代の武士。

平安中期に関東を治める父の元に産まれ、若くして京に上り十年以上勤めるが思うように出世することができず、後に関東へ戻ることに。

その辺りで鬱憤が溜まっていたのかどうかは謎だが、将門はその後親族間の領地争いに巻き込まれ、さらにその抗争は関東一円にまで広がる。

一族内での争いに連勝しどんどん勢力を拡大していった将門は、その後京の朝廷へと反旗を翻す。

これが所謂「承平天慶の乱(じょうへいてんぎょうのらん)」である。

数度の戦いの後、最後に将門は朝廷の命により将門軍鎮圧に遣わされた平貞盛と、藤原秀郷に苦戦。秀郷の放った矢がこめかみに突き刺さり命を落としたとされている。

因みにこの藤原秀郷は、矢の腕前からヒーローとして描かれたりもしている。

 

そして平将門怨霊伝説はまさにここから始まるのである。

朝廷に反旗を翻した将門の首は、京都にてさらし首とされる。

しかしその晒された首はいつまでたっても腐らず、のみならず目をカッと見開き、

「斬られた俺の身体はどこだ! ここへと来い! 首と繋いでもう一戦しようぞ!」

と夜な夜な叫んだのだとか。

さらにその首はある夜「我が骸を返せ!」と叫び、関東目掛けて飛び去ったとも伝わる。その首が落下したのが有名な将門の首塚で、畏れおののいた民衆達が将門塚を建てたのだという。

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 首塚には京から関東へとカエッテ来たのでカエルの置物があるのだとか。

それだけではない。

現財務省内にある首塚は関東大震災の折、一度撤去されたことがある。

すると当時の大蔵省では、変死、事故死が相次いだのだとか。

 

また、戦後にGHQが首塚の場所に駐車場を作ろうとした時、ブルドーザーが横転し作業員が死亡する事後が発生。マッカーサーすらも怯えた将門の怨霊はハンパないのである。

今尚畏れられ、また東京の守護霊として愛されている平将門。

怨霊伝説などが付いてしまっている人物というのはどうしてもイメージがそういう風に偏りがち。

しかし崇徳上皇がいい人だったように、菅原道真が素敵な心を持つ人物だったように、ちゃんと知ればぜんぜんいいおっさんだったりするのである。

そこのところは見誤らずに意識しておきたいところ。

でないときっとあなたの枕元に首がやってくる。

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