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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

毎年恒例今年の火間蟲入道

『妖怪へぇこいたの手記』

毎夏恒例行事となりました、年に一度のおめでたい火間蟲入道との初遭遇譚。

火間蟲入道とはゴキブリが妖怪になっちまったような最恐最悪なヤツでして、働きもせず怠けてばかりで死んだ者がせっせと働く者の元にゴキブリみたいに現れて行灯の油を嘗めて消したりするほんともうただの害悪な妖怪です。

石燕の描いた絵でもまぁ気持ち悪い。

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そんなことはいいとして。

要はついに今年もGとの邂逅――いや、遭遇を果たしたのですが、その遭遇はあまりにもドラマチックといいますかファンタスティックといいますか、とにかく凄いものでした。

 

昨晩。

僕は深夜まで働く彼女を迎えに駅までの道を歩いていました。

ムンムンと暑いとはいえ、夏の殺人的熱波に比べれば可愛いもので、風呂上りに火照った体をほどよく冷ますいい具合の風も吹いておりました。

かつての住まい調布市では、夜に外に出れば虫の声に緑の饐えた匂いも混じり趣があってよろしかったのですが、新宿にほど近い住まいとなった今では夜でも国道から聞こえる騒音が絶えません。

それでも自然が産む趣とはまた別の、高層ビルの明滅する赤いライトや人類が築き上げてきた技術力の象徴のような有象無象の建物からにじみ出るアンバランスかつバランスの取れた不思議な趣もあったりするものです。

 

で、とにかく、これまたアンバランスなようでバランスの取れた熱帯夜の涼しげな風を大きく吸い込みながら、ビルヂングを見上げながら穏やかな気持ちで静かに歩いていたのですが、突然――

ざわざわ。ざわざわ。

と、どこかの民家から歩道にせり出た大木の上の方がざわめきました。

その時。

僕はなぜか、本当に、確信したのです。予感、とでも言うのでしょうか?

「あぁ、これは火間蟲の音だろうな」

と。

次の瞬間、ズィィィィィ、という鈍い羽音をたてながら、真っ黒い何かが僕の目と鼻の先に落下してきたのです。

予期していたにも関わらず、僕は深夜の道路上でヒィィっと固まり、助けを求めるかのようにガバと後ろを振り返り人を探しました。

今思い返せば大層滑稽ですが、僕はその時恥ずかしながら本気で誰かが助けてくれるんじゃないかと思ってたわけです。

周りに助けなどいないことを確認した後、ゆっくりと視線を落とすと――はいこんばんはゴキブリさん。やはりあなたでしたか。

真っ黒な体。油を塗ったようにテカテカの体。

今年はなかなか大胆な登場してくれたじゃねぇか。

 

さてゴキブリは、江戸時代には「あぶらむし」や「ごきかぶり」と呼ばれていました。

あぶらむし、に関しては、まさにその見た目の通り油を塗ったような光沢であるからと、油を嘗め盗むことから付いたようです。

石燕の描いた火間蟲入道も、そこから考えるとまず間違いなくゴキブリのことでしょう。

また、ごきかぶりという名前は、飯器までも齧ってしまうから付いたのだそうで。五器齧、と書きます。

ゴキブリの原型がごきかぶりにあることは解りましたが、僕は違う疑問があります。

一体どこのどいつがカタカナ表記を定着させたのか? ということです。

「ごきぶり」と「ゴキブリ」だと、カタカナの方が遥かに気持ち悪い印象を受けるのは僕だけでしょうか?

普通、カタカナにするとかっこよくなるもんです。

がんだむだって、ガンダムだからかっこいい。ごじらだって、ゴジラだからかっこいい。

ごきぶりだって、ゴキブリだからかっこ――よくならないでしょう。まだごきぶりでいてくれた方が嫌悪感も減ると思うんですけど。

 

そんな梅雨明けの火間蟲入道。