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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

幸せの連鎖と現実

『妖怪へぇこいたの手記』

シケた面で信号待ちしている時。

ふと横の狭い歩道で、女の人が突然止まって少しだけ後ろに戻るのが見えた。

と、すぐにその狭い歩道を禿げた男の人が歩いてきて、止まって道を譲ってくれた女の人に手と頭とで感謝の意を現していた。

よくある光景。

で、僕は当事者でなく観察者的な位置にいたので、「その後」も見ることができた。

女の人は、歩きながら「なんだかちょっといいことしたかも♪」みたいな幸せそうな笑みを湛えて歩いていた。

僕はそれを見て、不思議と幸せな気分になった。

幸せの連鎖。全く関係なくて、ただ信号待ち中に見ていただけなのだけれど、その女の人の笑顔が本当に幸せそうで、つい感染した。

映画のワンシーンのような光景。

 

では男の人のその後は。

すぐに信号は青になり、僕は男の人のすぐ横を走り抜いた。その時横目で男の人を見てみたら――何度も何度も振り返っていた。

「あんたホントに野暮だねェ! そんなんじゃあアタイの幸福感もスッ飛んでっちゃうじゃないのサ」

ってなもんである。

さっきの女の人との「ナニカ」を期待したのかなんなのか、とにかく何度も助平面で振り返っていたのだ。

これが現実か、と。

 

最近とある女性に連れ回されてデートすることがある。

デート――って30にもなって使っていいのかとか思ったがデート法なんて法律もないしいくつになっても男と女は男と女なのだからとにかくデートである。

超出不精な僕はとにかく電車も都会も大嫌いなわけだが、こういう場合にはそれはグッと我慢してしかるべきものだと思うので数か月前の休日引き籠り妖怪男な僕と比較すれば信じられないぐらい電車に乗り、町を歩いていると思う。

先日。夜に散々色々と歩き回った挙句、浅草に行き着いた。浅草は、その女性の所縁の地らしいのだ。

夜の浅草寺。

一度だけしか来たことがなかったが、その時は明るかった。夜に見る雷門と、下町風情溢れる商店街は、なんだか妖怪染みていて楽しかった。

おみくじを引いた。楽しいひと時を彩る、楽しいおみくじ。

凶。

『何をやってもうまくいかぬ』

みたいなことが書かれていた。ちょっと待ってそんな最大限の不幸な予言が赦されるのかよオイ、と思った。

これが現――いやいやこれはただのおみくじ。

そもそも年始に引いたおみくじは大吉だった。

マジナイの類は勝手に自分でどれを信じるか決めればよいだけのこと。

故にこれは無効!

「結んで無かったことにしちゃえばいいんだよ」

という女神の御宣託ですぐに横にあったおみくじ結ぶやつ(名前知らないし意味も知らない)に結びつけようとしたのだがうまく結べず、結局二つにちぎれた。

ふん! と思って歩きだしたら十秒後ぐらいに足をつった。

『何をやってもうまくいかぬ』

……これが現実。

 

そのヒトは、実に不幸な女性である。

普通の人は到底経験しないような不幸をいくつも経験し、乗り越え、未だ不幸を背負い続けている。それでもそういう不幸を全く感じさせない気丈さは、僕の目には脆い殻のように映る。その人が心を開いたのは、僕がその人の中を見透かせる人だったから――だそうだ。

そして僕はかなり普通の人。

しかしそれは関係の無いこと。過去のその人は今のその人とは違う。目の前にいるその人だけが、僕にとっての真実。

笑顔は連鎖する。境遇に関係無く。ならば幸せも、今日体験したように……。

スカイツリーを横目に隅田川沿いで交わしたキスは、家無き人々の笑い声で途切れた。

『何をやってもうまくいかぬ』

これが現実。

けれどもおみくじの最後には、『信心深くあれば希望はある』みたいな一文も付いていた。結局、それが言いたいだけなのだ、おみくじは。

神も仏も手助けをしなかった彼女の手を引きながら、僕は空に向かって中指を立てた。