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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

妖怪マドモアゼル桃子

『妖怪へぇこいたの手記』

記憶力が本当に無い。

もうほんとに致命的に無い。

職場でだって何度周囲を絶望させたか解らないほどに。

一方、びっくりするぐらい記憶力が良いヤツが職場にいる。

絶対にお客さんの顔を忘れない――なんて豪語してたので「あそうすごいねほんとかねぇ」ぐらいに思っていたのだが、どうやら本当なのである。

そこで今日、ぜひその記憶術をご教授願いたい、と申し出てみた。

「簡単ですよ。例えば――あだ名を付けるのはどうです? 私の場合、ランクを付けてるんですけど。ちょっとゴリラに似た人だったら、強いゴリラ。もっとゴリラっぽい人だったら、最強のゴリラ――みたいに」

なんだ簡単じゃないか。

ということで、試しにやってみた。

幸いな事に割と来客はある店舗なので、片っ端からあだ名をつけてみる。

苦労の絶えない九官鳥。

のっぴきならないハウスキーパー。

酔いどれ熊三郎。

肉まん食べたかったのにピザマン。

などなど。

お昼に、指導を乞うたバイトの子に「今日二番目に来た人、どんな人だったか覚えてますか?」と聞かれた。

二番目。多分朝一番に来たのは九官鳥さんだったから、恐らく二番目はハウスキーパー。

僕がそう言うと、「ブブー。違います。首の短いキリンさんでした」と言われた。

なるほどあだ名を共有しなければこの問答は意味が無い、と気付いたので、

「それってあのハウスキーパー風の女の人?」と聞くと、「男の人ですよ」と言われた。どちらにしろ違っていたらしい。

そこで気の利くバイトちゃんは、「なら、妖怪名を付ければいいんぢゃないですか?」と言ってくれた。

そうだ。僕には妖怪がいた。

それから僕は片っ端から妖怪名を(失礼な話ではあるが記憶力回復の為のリハビリなのでゆるして)お客さんに付けていった。

妖怪どろんじょ様。

妖怪枕草子読んでそう。

妖怪朝一番にうんこ。

妖怪茶柱に喜ぶおっさん。

妖怪終電逃して白タクゲット。

妖怪マドモアゼル桃子。

「さっき来たお客さんの、その前に来た人は?」

しばらくしてそう聞かれたので、僕は自信を持って「妖怪マドモアゼル桃子」と答えた。

間違いない。妖怪マドモアゼル桃子だった。

バイトちゃんは身支度をしながら、

「そういう意味で言ったんぢゃないんですけどねぇ。それだとなんでもアリになっちゃいません? 覚えられます? ぢゃ、お疲れ様でーす」

颯爽と帰宅していくその子の背中を眺めながら、僕は今年一番の大きな頷きと共に「たしかに」と呟いた。

酒呑童子だとか、垢嘗めだとか、そういう名を付けろという意味だったのだろう。

確かにそれなら少しは覚えられそうではある。

それなのに僕は自信満々にマドモアゼル桃子。

マドモアゼル(未婚)なのかどうかも解らないし、桃子という名前では無かったのに。

そして、そのお客さんってどんな顔だったっけ? と思い出そうとしたが、結局思い出せなかった。

 

記憶力が本当に無い。

もうほんとに致命的に無い。

職場でだって何度周囲を絶望させたか解らないほどに。

しかし今日、僕は「妖怪マドモアゼル桃子」という、得体の知れない妖怪名だけは確かに覚えたのである。

何が書きたくて書き始めたのかすら覚えていない。

でもたぶん、妖怪マドモアゼル桃子って書きたかっただけなんだと思う。