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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

【河童の】河童に溺れて【起源】

河童起源で妖怪の深淵を覗いて引き込まれて溺れる記事

段々とカッパへの知識も深まってきたところで、起源説をまとめる記事を作成しておきたいと思います。

河童について深く考えることなど普通に暮らしてたらしませんが、うんちくとしては十分な威力を発揮するような事は書けるかとは思います。

日常でそのようなうんちくをちゃんと聞いてくれる人というのが物凄く少ないことは重々身を以て承知しておりますが。大体鬱陶しいなぁという顔されます。でも屁の河童です。

 

さて。妖怪と言えば河童――というぐらいに有名な河童さんですが、それは一般的な知名度もさることながら、調べていった時の煙に巻かれてどんどんと深みに嵌らされる感じもザ・妖怪と言うに相応しい具合です。

ここでずらぁっと諸説を列挙したって何も面白くないでしょうから、河童の代表的な特徴で分けてその起源を追っていきたいと思います。

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歌川国芳画『多嘉木虎之助・田村川で川虎を生け捕る図』

 

河童がキュウリを好むのはなぜなのか?

河童と言えばキュウリです。なぜ河童はキュウリが好きなのか?

例えば「水神だから」というだけならば、キュウリでなくてもよいはずです。その証拠に河童の一種であるひょうすべなんかはナスが好物だったりします。共に水分たっぷりな野菜ですね。

それはさておき、とかく有名なキュウリ好物説。

これはどうやら牛頭天王が関係しているようなのです。

牛頭天王は京都での祇園祭の起源になっている疫神であり水神でもあります。更にスサノオとも習合していますし、複雑です。

そして牛頭天王は水辺に棲む眷属を従えているともいいます。これが河童ですね。

で、祇園祭を行っている八坂神社の社紋は「木瓜(もっこう)」。キュウリの断面図なんじゃないか? とも言われるこの紋は、確かにキウリとも読めるのです。

f:id:youkaiwiki:20150206141509p:plain因みに織田信長も織田瓜と呼ばれる木瓜紋でした。

 

ここで、キュウリと河童が繋がるわけです。

ただ、これだけではまだちょっと信憑性に欠けます。

他に、ウリ科の食べ物は中がスカスカで、そこに霊が宿る――という、食べ物を依代とする考えもあったようです。となると、みずみずしいキュウリがかつては水神の依代であった可能性が出てきて、それが後に「好物」へと変わってしまったというのは十分考えられます。

これで二つの、河童とキュウリが結びつく説が出ました。一つだけだと妖しいけれど、二つ揃えばぐっと信憑性は増すってなもんです。

 

因みに、牛頭天王を日本へ伝えスサノオと習合したのは秦氏だとされます。

スサノオもまたヤマタノオロチ退治で水神っぷりを発揮してたりしますし(ヤマタノオロチ退治を治水になぞらえて考えた場合)。

秦氏は百済より日本に帰化し、その技術力の高さで国内での地位も高めていく渡来人の技術系集団。(太秦、なんかも秦氏の名残)

実はこの秦氏こそが河童だった、という説もあります。

 

河童相撲最強説はどこから?

河童と言えば相撲をとりたがるものと決まっています。これは全国に広がる様々な名前の河童系妖怪も大体が踏襲しています。

「猿を正体とする説もあるから、なんとなくのイメージで」とか、「尻小玉を抜くための前フリとして」とか、なんとなぁく考えてみるといくつか思いつきますが、それらは少し説得力に欠けます。

河童と相撲を繋げるには、日本神話にまで遡らねばなりません。

丁度最近紹介した、天照大御神と素戔嗚尊のウケヒ対決。


ここでは名前を省いちゃってますが、この時に産まれた男神の天穂日命(あめのほひのみこと)の、更に子孫にあたる野見宿禰(のみのすくね)という、よく相撲の祖とも言われる人物がいます。

野見宿禰は穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)で相撲対決をして勝利し、天皇に仕えることになるのですが、大きな功績の一つに、土木工事などの際に人柱を立てる事を止めて、埴輪を使うようにした――というものがあります。

考古学上は否定されている説なようですが、ともかく『日本書紀』にはそのような記述があるのです。

例えばそれは灌漑工事などの際にも用いられたでしょうし、実際の人に代わり埋められるようになった埴輪が、後に河童と考えられるようになった――というのも無理のない説な気がします。

で。

この野見宿祢は、埴輪の功績で後に土師氏(はじうじ)を名乗ることを天皇より許されます。

そしてこの土師氏が、後に分かれてその内の一つが菅原氏となります。

そう、あの菅原道真の菅原です。

『和漢三才図会』には、河童の項に菅原道真が河童除けに唱えたとされる歌が書かれています。

「いにしへの 約束せしを 忘るなよ 川たち男 氏は菅原」

これは非常に意味深。ひょうすべの項でも書いたのですが、京極夏彦の『塗仏の宴』では、ここについての深い考察がなされていますのでぜひ読んでみてほしいです。

なんにしろ、何も無くてそんな歌を詠みはしませんから、菅原氏が河童(と呼ばれるようになる誰か、あるいはなにか)を使役していた可能性は高いわけです。

さらに、天満宮系でも比較的大きな北野天満宮には、道真が切り落とした河童の手が今でも奉納されているのだとか。

何かと繋がるのです、菅原道真と河童は。

そしてひょうすべ

コイツも河童の一種とされる気持ち悪い容姿の妖怪ですが、またまた秦氏が伝えたとされる兵主神との関係が濃厚。

道真も、大宰府にて兵主部に助けられた――という逸話があり、兵主部が河童のひょうすべと繋がらないわけがない気がしてきますね。

そして、兵主神は、本場の大陸では「蚩尤(しゆう)」という武神です。

この蚩尤は、めちゃくちゃ相撲が強いと伝わっています。

あと河童には「腕が繋がっている」とか「腕が抜ける」という特徴も伝わっていますが、これもかつての何でもありな凶悪相撲の名残かと思います。

正体が人形だから――というのは、後付けの解釈なのではないでしょうか。

 

兵主神、蚩尤、道真、宿禰、土師。

河童が相撲好きというのは、この辺に起源があると見ていいのではと思うのです。

 

頭の皿は何の為に?

次に河童で思い出すのが、頭の大きなお皿。

このせいでキリシタンが河童説が出ちゃったりするわけですが、それも一つの起源にはなるのかも知れません。

皿の載っている理由については、折口信夫の『河童の話』も読んだのですが、はっきりとしたことは書いておらず解りませんでした。椀貸し淵に井戸の底に淡水に藤原家。むしろ混乱しました。

とにかく古来より皿や椀は生命を象徴する大事な物だったようで、水神に限らず皿を頭に頂く神というのがいたのではないか――とか。

また、よく言われる河童=水死体説では、頭髪が抜けたり擦れたりして薄くなっちゃうから皿を被せたように見えるのでは? という解釈らしいのですが、そればっかりはちょっと強引な気がしました。

水死体が河童説は、恐らく起源の一つとして確かにあるのでしょうし、変色した死体の色が緑っぽいことだとか、肛門がフルオープンしちゃうから尻小玉抜かれたんだ、とか、結構「なるほどねぇ」と思える部分が多いのですが、皿だけは納得できませんでした。

やはりこればっかしは、水神と食器との関係が絶対あるのでしょう。

じゃないのならもうザビエルが河童。

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甲羅とクチバシ

すごくノーマークだったのですが、そういえば河童って甲羅とクチバシがありますよね。ん? その辺については今まで色々読んできた中でも書いてなかった気がするんですけど……。

甲羅については、河童はよくスッポンを筆頭に亀とよく見間違えられたらしいです。確かに河童ってあまり言われないけれど亀っぽいですよね。っていうか亀じゃん。考えれば考えるほど河童って亀じゃん。タートルズだってパッと見河童じゃん。

――あと、またまた出てくる水死体説で、ぶくぶくに膨れた身体が「甲羅着き」に見える、なんて説もあるようです。

しかしクチバシは一体何なのか?

パッと思いつくのは、当然鳥との関係です。

例えばひょうすべなんかは、「ひょうひょう」と鳴く、と言います。

あまり鳥には詳しくないのですが、これまたパッと思いついたのは、トラツグミの鳴き声。

トラツグミと言えば、鵺(ぬえ)です。鵺の声はトラツグミの鳴き声に似ていると言うんですね。というか鵺はそもそもトラツグミのことを指しているのでは、という説もありますし、そうなのだろうと思います。

鵺退治に鏑矢が用いられるのは、その最たる証拠。

鏑矢の音というのは、トラツグミの声にそっくりです。ちゃんとYouTubeで聞いたんで間違いありません。

いやちょっと待って。

このまま行くと、河童起源の一つに=鵺、が加わっちゃう。それやばい。すごくめんどくさい。推測だとしてもやばい。

 

しかし。水辺の怪異には鳥が憑き物。いや付き物。

姑獲鳥(うぶめ)だって姑獲鳥(こかくちょう)と一緒になっちゃったのは完全に鳥の声のせいですし、そう考えると河童と鳥が結びつくのもそう無理な話ではない気がします。ちょっと今回は突然行きあたってしまって勉強してないのであまり書けませんが、きっと何かあるはずです。

勿論、鳴き声関係無しに、水辺をスイスイ泳ぐ鳥さんを河童と見間違えた、とか、そもそも鳥を河童と呼んでいた、みたいな事もあるかも知れませんが。

 

河童の出身地は?

最後に河童さんがどこから来たのか、で締めましょう。

これはもう黄河で決まりなんじゃないかと僕は思うのですが。

お隣中国の、河の神、黄河の神である河伯(かはく)。

 

渡来人によって齎されたその神の名は、渡来人の優れた技術を教わり、また渡来人を使役する本邦の人々によって捻じ曲げられ、いつからか帰化して技術を振う職人達そのものを指す言葉に代わってしまった――みたいな。

そもそも中国では、「河」という字は黄河のみを指す漢字なようで、これを河童にも強引に適用しちゃえば、河童も「黄河の童」となっちゃうわけです。

 

ただ、河伯の姿は所謂河童の姿とは全然違いますね。そりゃそうです。

そこで一役買ったのが、やっぱり中国発の妖怪、水虎じゃないかと思うのです。

おそらく、河童の起源を黄河に求めることに抵抗がある方も大勢いると思うのですが、僕は河童という言葉が出来る遥か前に河伯が日本に伝わっていたと思うので、河童が黄河出身説を推す次第です。

 

例えば、他には江戸初期の彫刻家、左甚五郎(ひだり じんごろう)が工事の際に人形に手伝わせ、終わってから川に流したものが河童となった――なんて話もありますが、起源とするには新し過ぎる気がします。

また、陰陽師の式神が河童説も後年の創作でしょう。その証拠に、『平家物語』の剣巻にて渡辺綱が一条戻橋にて鬼の腕を切り、安倍晴明に封印してもらう――という話がありますが、これはつい最近紹介した、河童の妙薬系の話をなぞったものであると思われるからです。

 

とにかく、まず河伯がいて、それを秦氏だか何氏だかが持ってきて、牛頭天王とスサノオがくっついてキュウリが好きになって、兵主神の眷属は兵主部とか呼ばれて菅原にこき使われてついでに相撲が好きになって、水死体を見た奥様達が子供を戒める為に河童が出るとか言い出して緑色で尻小玉抜く不気味な怪物になって、別の所では職人が土木工事やらされた挙句捨てられて行くところなくなってカッパとか言われるようになっちゃって、たまに亀とか鳥も河童と間違えられて、職人達が使ってた便利な膏薬とかは権力者が奪い取って大儲けしちゃって、全て厭になった河童と呼ばれた職人達はキリスト教に入って頭頂のみ剃髪して出来たのが僕らの知っている河童です。

 

――という感じで見事疲れ果てて河童の川流れとなりぶん投げましたが部分的には当たってるんじゃねぇかなぁ、と思います。

 

河童ヤヴァイ

――のように、河童というやつは軽々しく足を突っ込めばおぼれさせられてしまう恐ろしい妖怪なのです。実際今僕の頭の中はぼうっとしちゃってます。完全にやられました。

しかしまだまだ河童さんは本気じゃないのです。

本当なら触れたかったいくつかの事を並べてみます。

 

・ミンツチというアイヌに伝わる妖怪が河童とほぼ同じ特徴を持ってる件

・ミズチという蛇だか龍だかが明らかに河童と深く繋がってそうな件

・天邪鬼の別名が「河伯」な件

・河童とカシャンボと火車と猫又がどっかで絶対繋がってる件

・お菊さんで有名な怪談『番町皿屋敷』も河童の皿と関係ありそうな件

・河童が龍宮の使いという話が多い件

 

結論。

うかつに水辺に近付くんじゃないヨッ!