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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

さようなら幻の富士山

『妖怪へぇこいたの手記』

職場での人事異動がありまして、今日は慣れ親しみ激動の半年を過ごした調布の店舗での最後の勤務となりました。

そんな日の朝。

何度も通っている甲州街道をバイクでブイーンと走っていると、眼前に巨大なシルエットが浮かびました。

富士山です。

この辺りからも富士が望めるなんてことは全く知りませんでしたし(そういえば富士見ヶ丘とかいう場所が近くにあったけど)、そもそも半年間通い続けて見えたことなどありませんでした。

それが、よりによって最後の勤務の日に見えた。めでたいッ!

何より驚いたのは、その巨大さ。

遠くに僅かに見える――というレベルじゃなく、もうドーン! と見えるのです。

それこそ数十分走ったら着くんじゃね? と錯覚する程に、富士は巨大で堂々としていて、そしてくっきりハッキリと見えたのです。

最初はほんとに錯覚だと思いました。

たまにブログでポムさん(id:fujiyama_ponkiti)の富士山写真見て、「あーすげーなー富士山見えんの羨ましいわ~」と思っていたその富士山が、こんなに大きく見えるハズがない――とまず自らの視覚を疑ったわけです。

つまりは、いつもその位置に富士は聳えていたことになります。

冬のすごく空気の澄んでいる朝だからこそ見えた――のでしょうが、いやもうほんとにバイク停めて写真撮りたくなるぐらいに壮観でした。

 

これが日常の通勤途中での出来事だったなら。

毎朝「今日は見えるかなぁ♪」とか考えながら甲州街道を走れたものを。よりによって最後の日にそれを知るとは。

めでたいのかめでたくないのか。

哀しいことに、次の店舗は真逆の方向。甲州街道を使っても行ける場所なのですが、富士を背に走る方角なのです。

 

写真では無い、「今」見える富士山というのは、重厚で累々と積み重なった歴史を見る者に感じさせ、変わらぬ雄姿で人を魅了する――そう感じました。

江戸時代にはそれはもう綺麗にその姿を見ることが出来たのでしょう。

江戸の人々はその富士を目印に、日本橋から出発して甲州街道を行き来していたのかも知れません。

やっぱり富士山ってすげぇ。

 

因みに調べてみたら、富士山は西は和歌山、東は福島からも見えるらしいです。

富士山にプライバシーは無いのです。だからいつも雪を被っているに違いないのです。

さようなら幻の富士山。そしてきっと必ずまたいつか。