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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

日本神話と妖怪~アマテラスとスサノオの影からツクヨミさんがおしおきよ!~

日本神話と妖怪

日本神話と妖怪特集その4

やっと出てきたアマテラス! の巻

 間が空いてしまいましたが、ようやくアマテラススサノオツクヨミの、所謂三貴士誕生の瞬間まで漕ぎ着けました。


前回はアソコの火傷で死んだイザナミを追いかけたイザナギが、ハンカチ無しでは語れない悲しい別れを経験し黄泉の国から地上へと戻ってくるところまで紹介しました。

 

 地上へと戻ったイザナギは、「志許米志許米岐穢国(しこめしこめききたなきくに)」と黄泉の国をこれでもかと言わんばかりにきたねぇ場所と例えて、キレイに穢れを落とすべく禊(みそぎ)をする為に阿波岐原(あはきはら)へと向かいました。

「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原」は祓え祝詞にもなっているだけでなく、日本神話の中でもここまで細かく場所が明記されているものはありません。

それだけこの場所が大事な場所であり、皇室に代々伝わる大嘗祭(だいじょうさい。川で御禊したりする行事。現明仁天皇もやっておられます)の起源にもなっています。

現在で言うところのどこの場所になるのか? というと、諸説あるようですが宮崎県宮崎市阿波岐原町にはみそぎ池という池があったりします。

 

さてイザナギの禊。

ここからはハイパーストリップイリュージョンタイム。

イザナギが禊をすべく身に着けていたものを脱いでいくと、それらから神がどんどん誕生し、脱衣のみで十二神が誕生します。

「さて今度は川の中へ入って行くぞ」

とイザナギは川へ歩を進めますが、黄泉の国での恐怖体験で慎重になったのか、川の流れの速さを気にかけます。

「上流は流れが速いし、下流はゆるやか過ぎるし、とりあえず中流で穢れを落とそう」

そうして中流で黄泉の国の穢れを落とすと、それが二柱の神へとなります。

八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と、大禍津日神(おほまがつひのかみ)です。

名前からして禍々しいですし、とりあえず災いの神っぽいのは解りますね。

意味は「たくさんの災いの神様&すごい災いの神様」みたいなものでしょう。

因みに――後々、禍々しい神も毒を以て毒を制す精神で後に守護神としちゃうあたりに日本人の逞しさを感じます。

 

次に、その災いを直す三柱の神が産まれます。

神直毘神(かむなおびのかみ)大直毘神(おほなおびのかみ)、そして伊豆能売(いづのめ)です。

八十禍津日神と大禍津日神に対する神直毘神と大直毘神――というところまではまぁ解ります。

しかしなんと言っても妖しいのは伊豆能売です。

「神」と付いていないですし、なんの説明もないですし、「ここで出てくる必要あった?」と思えるような登場なのです。

しかも日本書紀には登場すらしない。

あやしい。ものすごく怪しい。

速秋津日子と速秋津姫が合体すると伊豆能売になる説、古事記編纂にあたってただ単に「神」とか「命」を付け忘れた説、実は日本神話の中でも最も重要な神である説等々、多くの説がありますが、それもこの不自然な登場の仕方を考えれば皆があれこれ考えちゃうのも納得ってなもんです。

日本神話最大のミステリーであります。

 その後住吉神社と深い関係にあるワタツミ神六柱が産まれますがすっ飛ばします。

 

左目、右目、鼻

 最後にイザナギは洗顔します。

その時左目を洗うと天照大御神(あまてらすおおみかみ)が。右目を洗うと月読命(つくよみのみこと)が、最後に鼻を洗うと、建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)が産まれます。

 

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イザナギは喜び、「いっぱい神を産んできたけど、最後にとても貴い三神が産まれたぜやったね!」と言いました。故にアマテラツクヨミスサノオを合せて「三貴士」と呼びます。

イザナギは三神にそれぞれ支配領域を指定します。

「天照、お前は高天原ね。月読、お前は夜の国ね。んで素戔嗚、お前は海原ね」

 さてここで触れるべきはこの三神の関係性。

天照は高天原を統べる太陽の神。月読は月と名に付く通り夜を統べる神。そして素戔嗚はスサが「荒さ」、即ち荒れ狂う嵐などの破壊的属性を持っていると言われます。

で、この三貴士誕生の話は、元になったであろう自然神話が国外にいくつも存在しており(旧約聖書では禊の部分と似通った箇所があったり、エジプト神話では目や鼻が神となり月や太陽や空気になったりします。特にお隣中国の神話では、盤古と呼ばれる神の息から風が、左目から太陽が、右目からは月が――とあり、これはもろに関係してそうです)、元ネタはそこここにありそうなのですが、問題は月読の扱いです。

普通、太陽と対になる月は、物語上でもっと出番があってもよさそうなもの。

だのに、古事記では名前を紹介されたっきりで出番はおしまいなのです。

代わりに大活躍するのが素戔嗚です。

日本神話全体を貫く、天と地との対立構造。

それを確立する上で、傍若無人な振る舞いもする素戔嗚があえて月読よりもスポットを浴びているのは政治的な裏事情と、天と地との関係性を描く為のことなのではないでしょうか。

 

月読に代わっておしおきよ!

今後アマテラスとスサノオはとにかく活躍するので置いておいて、この三貴士誕生の記事最後に、月読さんに光を当てて活躍してもらいましょう。

そもそもツクヨミとは、月を数える、つまりは暦に関係する名前なのではないかと言われています。

「読」という字は卜占やら暦やらと密接に関係してますので、丁度陰陽師が活躍した時期とも被りますし、陰陽師とも関係ありそうな気がしてきます。


他にも、「月夜見」と書きあらわしたりしますが、これはなんだか素敵な漢字(感じ)ですね。

また、ツクヨミは性別が不詳とされています。

そもそも天照大御神も男女両説存在していますが、一般的には女性神とされています。伊勢神宮に祀る際の経緯や皇室との関係などで色々複雑になって混乱しているのですが、そこはまたいつか触れます。

で、ツクヨミですが、不詳ではあるものの男性神として表現されることが多く、例えば万葉集には月読壮士(つくよみおとこ)という名で出てきます。

「天にまします月読壮士よ、お供え物をしますから、この夜が永く永く続きますように」

月の妖怪というのは極めて少ないのですが、イケメン妖怪として名高い桂男(かつらおとこ)は月にいる妖怪。


実は桂男の「手招きされると寿命が縮む」という逸話は、中国の月の妖怪と、さらに日本書紀の数少ないツクヨミのシーンとが重なり死のイメージが付いた為だと言われています。

ツクヨミのそのシーンとは、保食神と面会したツクヨミが、接待された際に保食神が口から飯を出すのを見て「ふざけんなきたねぇよ!」と怒って殺し、その死体から数々の穀物が産まれた――という割と意味不明だけれど重要なシーン。

更に、それがきっかけでアマテラスとツクヨミが喧嘩し、月と太陽とが離れて存在するようになった――とこれまた凄く重要な展開になっています。ただし、古事記にはその逸話はありません。古事記ではほんとに名前紹介でおしまいなのです。

本当はもっと活躍したかったでしょう。

スサノオのせいで! でもそんな事大声で言えない。夢の中でなら言える。

ごめんね……素直じゃなくて……



つづく