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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

叢原火にもわかる律宗講座

妖怪と仏教講座

鑑真をガンジーだと思ってた頃が僕にもありました。

誰得?仏教講座のお時間です。

律宗(りつしゅう)は信徒は少ないものの、今でも残る南都六宗(仏教伝来編参照)の内の生き残りです。

そして何より、鑑真(がんじん)和上が苦労して日本にもたらした宗派でもあります。

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↑鑑真。学校の教科書では落書きしまくってすみませんでした。

 

どれだけ苦労して日本に来てやったと思ってんの?

そもそも鑑真和上が日本に来ることになったのはなぜなのか?

そこからおさらいしましょう。

鑑真さんは唐の生まれで日本人ではありません。しかし、日本の仏教界に多大な影響を与えた帰化僧であります。

――奈良時代、日本では私度僧(ちゃんと受戒して僧になったのではなく、僕なりマース、なノリで僧になっちゃった僧)ばかりで、そもそもの受戒制度が整っていませんでした。

そんな混沌とした仏教界を変えるべく、当時唐で大明寺の住職をしていた鑑真に、どうか日本にまともな戒律をもたらしてくださいませ、とお願いしたわけです。

が。

当時の唐では国民の出国を禁じていました。それに鑑真の意志を継ぐ者の中にそれを破ってまで日本に向かおうなんて猛者はおりませんでした。

「ならば私自ら出向きましょう」

と、立ち上がった鑑真和上。マジカッコイイっす。

 

ところがどっこい、その行いを良く思わない弟子もいたようで、密告されたり船が遭難したり、更に最後は失明までして失敗すること五回。

それでもめげずに六回目の航海で日本に到着した時、鑑真和尚は既に60歳を超えておりました。

もうなんかほんとありがとうございます(つд⊂)

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律宗と戒壇院

日本にやってきた鑑真和尚は、早速東大寺、観世音寺、下野(栃木県らへん)の薬師寺に戒壇院を設立。

更に自身が得意の戒律を重んじる「律宗」を日本でも開いたのです。(総本山は唐招提寺)

 

さてさて、鑑真のもたらした「律宗」とはなんなのか?

上でも書いたように、「戒律を最重要としている宗派」であります。

この戒律、元は「戒」と「律」とでは別のものを指しましたが、今ではごっちゃになてるようです。

かいつまんで言えば、知っての通りのルールみたいなもの。その戒律一つ一つには非常に大切な教えが込められているから、それを研究し悟りを得ましょう、ということです。

 

しかし悲しいことに現在において律宗という名を聞くのは初めて――なんて人もいるほど、衰微してしまっています。その理由は、僕が感覚的に思ったことをそのまま言えば、「ガチ過ぎる」のです。

 

というのも、鑑真和尚が日本にもたらした『四分律』は元を辿れば上座部仏教の法蔵部(という宗派、とでも思っておけばおk)に伝わっていた律で、難しいことを取っ払って言えば大乗仏教系じゃない上座部系ってだけでそりゃもうガチなのはわかりきっているわけです。

 

ただ、受戒制度を持ちこんだ当時、本当に僧になりたい者はその戒律に則って具足戒(後述)を受けねばなりませんでした。

この具足戒が、自称坊主で溢れかえっていた日本の仏教界を大きく変え、洗練させたのは紛れもない事実。ただ、後々出てくる天台宗、最澄が大乗戒壇の設立をしようとしたことや、律宗自体が人気と成り得なかったことなどから察せるように、ちょっと敷居が高すぎたのかも知れません。

 

因みに具足戒とは、比丘(男性の僧)で250、比丘尼(女性の僧)で348の戒があります。内容はほとんど「〇〇〇してはならない」とか、「〇〇〇すべし」みたいな感じで、ざっと眺めていても凡人の僕は「うへぇ」と呟かざるを得ませんでした。

 

試しに、見習いの僧が守らなければならない沙弥(しゃみ)の十戒を見てみましょう。これと具足戒はまた別です。(因みに、具足戒を受けずに沙弥のままで居続ける僧というのもいたりするそうです。具足戒を受けると権利は得られるけれど規則半端ないからとかで)

 

1、殺生をしちゃダメ!

2、盗んじゃダメ!

3、人だろうが獣だろうが性行為はダメ!

4、ウソついちゃダメ!

5、お酒飲んじゃダメ!

6、オシャレしちゃダメ!

7、音楽、映画、そういうの全部聞いたり見たりしちゃダメ!

8、膝より高いベッドとか、飾った寝具で寝ちゃダメ!

9、食事は一日二回、間食ダメ!

10、お金、宝石、そういうの全部所持しちゃダメ! 貯金もダメ!

 

 

……うへぇ。

ところで、律宗に関係のある妖怪といえば――そう、叢原火ですね。

叢原火が出たとされるのが壬生寺で、これは律宗のお寺です。

叢原火になってしまったとされる僧は、どうやら盗みを働いたらしく、その罰で鬼火にされてしまったのだと言います。盗んじゃダメ! を破ったんですね。いけません。

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衰微と再興からのまとめ

時代のニーズに合わせ、その後どんどん新たな宗派が起こり、古参律宗は段々と肩身が狭くなっていきます。

特に大きかったのが、時代の寵児、空海と最澄の両方が、律宗が重んじる四分律に対して否定的だったことです。

加えて南都六宗全てに言えることですが、敷居が高く学問的な宗旨も衰微の一因でしょう。

ですが、衰退していく中でも、やはり律宗の戒律を重んじる精神は素晴らしいではにか! ということで再興をもくろむ方々も増えてきました。

例えば真言宗系の宗派で、真言律宗というのがあります。これは真言宗であると同時に、律宗の精神復興も併せ持っている、新たなカタチの現れなわけです。

 

古き良き日本の風景が失われてゆき、人が群がるのは煌びやかな街やビル。

それでもやはり根底にある本来の奥ゆかしさ、美しさは時に恋しくなる。

 

律宗とは、そんな感じなのかも知れません。

とにもかくにも、律宗を思い浮かべるのなら、必ずセットで鑑真和上の日本への愛も思い出してあげてください。

失明してまで来ようとしてくれる人なんてそうそういません。