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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

鉄鼠にも解る天台宗講座

妖怪と仏教講座

Love Me TENDAI

仏教伝来の項にて、ついに「僕も知ってるよその人!」な空海と最澄が仏教界のピンチな時代に現れた――と書きました。

 

仏教の宗派の数は多くありますが、もうここからは「どれが偉い」とか「どれが凄い」とかいう話ではありません。

普段は聞き慣れぬ「妖しい」仏教宗派も、もしかしたら近い内に興味の対象となるかも知れませんし、実際に出家したい! と思えるかもしれません。

この仏教企画は僕の勉強も兼ねてますから、時にすんげぇ間違った事書いちゃう可能性もあります。それでも、なるべく解り易く誤解の無いよう書くよう努めますので、とにかくまず最初は、優しく愛して……ラブミーテンダーィ。

あえてノラジョーンズなのは僕の好みです。

 

 最澄、唐に渡るの巻

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最澄は前回書いた仏教伝来記事での、まさに桓武天皇が「仏教もうヤダコワイ」となっていた時代に現れました。

若い頃から常に南都六宗の仏教の小乗的な(つまりはちょっと敷居が高く、高みに行ける人も限られてくる、みたいな)有り方に疑問を感じていた最澄は、鑑真和尚が唐から持ってきた書物の一つで、中国天台宗の開祖・智顗(ちぎ)が著した本を読み、感銘を受けました。それこそが『法華経』を教える書であり、ほどなくして最澄は比叡山に草庵を建てて引きこもり生活に入りました。

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※雪化粧の比叡山。最澄もこういう環境でひたすら修行したかと思うと感動です。写真はこみちさん(id:kazenokomichi)よりお借りしました。

 

結局のところ、最澄としては「今のこの国に私の学びたい仏教は無い。腐っているのだ!」という想いからの隠居だったようです。

 

しだいに比叡山には最澄に同調する者が集まってきて、最澄はそこに「一乗止観院」を建てます。これが比叡山延暦寺の始まりと言われています。

その内仏教界をなんとかしたいとも思っていた桓武天皇の目にも留まり、最澄の新しい考え方からとても気に入られ、重用されるようになります。

そしてある日、天皇から、

「ちょっと唐へ行って勉強してこい」

と言われ、遣唐使として中国の本場の天台教学を学びに行くことになるのです。

 

尖った空海、手広い最澄

知っている人は知っている、有名な逸話で、実はこの時唐に渡った船団には弘法大師・空海も混ざっていたのです。

同じ時期に唐に渡った二人が、後に真言宗と天台宗に分かれるというなんともドラマチックな出来事です。

 

――さて。唐に渡った最澄は、早速愛読書の筆者であった智顗のいたとされる天台山にて円頓菩薩戒を授かり、更に禅、密教、も学び、日本へと戻りました。

法華経を最重要視していたとはいえ、最澄が目指す仏教が「総合仏教」であると言われる所以です。とにかく釈迦の教え全てを最澄は学び取りたかったのです。

一方の空海は、密教のみを専門に教わり、それが後の真言宗へと繋がるわけですが、ここで二人の大きな違いが生じています。密教特化の尖った空海と、円・戒・密・禅の手広い最澄、と言えるかも知れません。だからどうだ、という話では無く。

 

最澄流の仏教

帰国した最澄はそれはもう歓迎されました。

しかしその後多くの出来事が最澄を待ち受けます。

細かく書くとキリがないので、最強にザックリと流れを書きます。

 

最澄帰朝。

朝廷「お帰り最澄さん! これからはあんたの天台法華宗を正式な仏教と認めるから、頑張って『密教』を広めてよね!」

最澄「え。密教? あの、私のは密教だけっていうんじゃないんですけど……」

朝廷「頼んだよ!」

最澄「え、あ、はい」

空海帰朝。密教特化の真言宗に、日本の興味は一気に移る。

軽くしか密教を知らなかった最澄は、空海に教えを乞う。

最澄「空海さんおかえりなさい。あのですね、正直私、密教はあんまり詳しく学んでないのです。ちょっと教えてくれませんか? 入京するの助けたりしますんで。とりあえず密教に関する書を貸してくれませんかね?」

空海「もちろんいいですとも最澄さん」

しばらくは仲の良かった二人。しかし恋人よろしく考え方の根本的な違いは、いずれ決別へと繋がるものだ。

 

最澄「ところで空海さん。私の弟子の一人がそちらに行ったっきり帰ってこないのですが」

空海「あぁ、彼はどうやら真言宗の教義に目覚めたみたいでですね。つまりまぁ……そういうことです」

最澄「はぁ、そうですか。あとですね、今回は『理趣釈経』という書をお借りしたいのですが」

空海「あのですね、最澄さん。そもそも真言っていうのは書いたりしたもので伝えられるものではないんですよ。だから真言。真の言葉です。ちょっともう私からそうやって借りるのはやめて頂きたい」

最澄「……。あっそ! じゃあもういいよ!」

そうして決別した二人。(もちろん他にも多くの細かな要因があったわけですが)

最澄は密教を空海に教わるのをあきらめ、己が宗派を完成させるべく注力するようになる。

最澄は同時に、正式な僧になる為の受戒制度を見直し、比叡山延暦寺にも大乗戒壇を作らせてくれ、と朝廷にお願いする(これは最澄にとっても、また仏教界にとっても超重要な出来事。それまでの小乗的受戒制度とは大きく異なる、オリジナルな大乗戒壇を創ろうと最澄は考えたのです。勿論、猛烈な反発に遭います)。

そして天台法華宗の方向性を世の中に知らしめることとなる、法相宗の高僧、「徳一」との法華経の解釈に関する「三一権実論争」という大ゲンカが起きる。

 

徳一「だからですね、法華経はどう読んだって三乗が実であり、一乗は方便でしょうに」

※三乗とは、声聞(しょうもん)、縁覚(えんがく)、菩薩(ぼさつ)のことで、修行者の段階のこと。実とは、真の考え方のこと。方便とは、真の考え方にいたるきっかけのようなもの。

最澄「何を馬鹿な! このクソバカ! ヘタレ! 真逆の事を説いているというのに! 三乗こそ方便。誰もが仏性を持ち、仏になれる。そう法華経は説いているのです! このおかんちがい野郎!」

※実際この論争時、最澄は物凄い言葉で罵ったらしいです。

皮肉にもこの論争で天台法華宗の考えは世に広まる。

その後は全国に天台法華宗の教えを広める講義をする最澄。

そして56歳で最澄はこの世を去り、これまた皮肉なことに死後数日してかねてからの願いであった「大乗戒壇」の設立が天皇より認められる。

清和天皇より「伝教大師」の称号が与えられる。

 

最澄の死後

ふぅ。最澄の作った天台宗はこうしてできました、めでたし!

と思った僕がいましたが、まだ最澄さんがこの世を去っただけ。マジか長い。

 

さて、最澄の死後、総合仏教としての天台宗を確たるものにすべく、弟子たちは最澄の意志を継ぎ頑張りました。

最も大きかったのが、最澄の弟子、円仁(えんにん)と円珍(えんちん)による密教の本格化。(これについては天台宗にとって良かったのかどうか、という是非があるようです)

一度空海との決別でストップしていた密教の深化を二人の弟子が成し遂げ、空海の真言密教を「東密」と呼ぶのに対し、天台密教は「台密」と呼ばれるほどになりました。

しかしあくまでも天台宗は法華一乗の考えを主にしており、大日如来を本尊とする真言密教とはやはり別物です。

で、戒壇院も出来、総合仏教として広まった天台宗本山比叡山延暦寺は、その手広い仏教教義のお蔭もあり、数多くの名僧を輩出することになります。

 

法然(ほうねん。浄土宗開祖)、親鸞(しんらん。浄土真宗開祖)、一遍(いっぺん。時宗開祖)、日蓮(にちれん。日蓮宗開祖)、栄西(ようさい。臨済宗開祖)、道元(どうげん。曹洞宗開祖)。

 

上に挙げた名僧全てが、なんと延暦寺出身なのです。なるほど総合仏教の名に恥じぬ手広い守備範囲だからこそ可能なワザであります。

 

 内部分裂と焼き討ちを経て

ちょっと上で名前の挙がった円仁と円珍。この二人は共にとても優れた僧でした。

んが、それが悲しいことにアダとなり、まさかの内部分裂が起きます。円仁率いる延暦寺に残ったのが「山門派」。円珍率いる三井寺(園城寺)に移ったのが「寺門派」です。

山門派は、それまで同様、円・密・禅・戒の四宗兼学が主ですが、寺門派が更に「修験道」を加えた五つを兼学。

さて、やっと出てきますね、妖怪が。

そう、鉄鼠です。

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※画像は月岡芳年の『新形三十六怪撰』のもの。

 

この妖怪はまさにこの時の争いが鼠に化けたようなもの。

頼豪(らいごう)という寺門派の僧が、三井寺にも戒壇院を作ってくれ! 代わりに御子息の誕生を祈祷しますから! と天皇にお願いし、子供は産まれたのに山門派の邪魔もあり天皇が約束を守ってくれなかったので頼豪は怒り、鉄鼠となり、八万四千の鼠を率い、延暦寺に経文カジカジしに行く――という妖怪です。因みに鉄鼠の呪いで産まれた子供もすぐに死んじゃってます。

 

 この辺りの事は、ぜひ凶悪な攻撃力を誇る京極夏彦先生の『鉄鼠の檻』でも読むと良いかと思います。僕、京極堂シリーズでもかなり好きです。一番好きかも。ミステリーとして、仏教(特に禅)入門として、最高です。ただし、坊主が無数に出てきて混乱するかもです。と。文庫本(武器)としての攻撃力はすごいです。通称レンガ本。

↓参考までに私物比較画像。

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 話しが鉄鼠に齧られましたが、修正します。

 

実はこの時期、徐々に僧侶が武装化するようになってきていました。

そして次第にその傾向は加速していき、ついには天皇までが恐れる独立武装国家の様相を呈すまでになってきたのです。

 

時は戦国。

ずっと延暦寺を滅ぼすタイミングを窺っていたのは織田信長です。

信長はとにかく武装して鬱陶しい仏教宗派を片っ端から滅ぼしたかったのです。(別に仏教を滅ぼしたかったのではなく、敵対する武装寺院がうざかったのです)

――で。延暦寺と信長対立には細かな発端があるのですが、最後のトドメとなったのが、信長と争っていた浅井・朝倉軍を延暦寺が匿ったことでした。

信長は、「今こそ延暦寺を滅ぼす!」と宣言し、比叡山全体に火を点け、延暦寺の僧のみならず女子供までことごとく殺したといいます。これが所謂「比叡山焼き討ち」です。

 

天台宗が……

やられた⁉

確かに天台宗本山である比叡山は、戦国時代にそのように葬られました。しかし信長の死後、豊臣秀吉や徳川家康、さらに天海大僧正らの尽力により復興しました。

さらに廃仏毀釈(はいぶつきしゃく。明治維新後に出来た神仏分離令の流れで、本来仏教を虐げる目的ではなかったのに仏像破壊などに繋がってしまった)などの仏教に対する厳しいハプニングもなんとか乗り越え、天台宗は今に至っているのです。

 

天台宗の教えとは何か?

仏教に興味無い方にとって、これほど退屈な項はありますまい。

長くなりましたが、最後に天台宗を超簡単にまとめます。

 

天台宗は、悉有仏性(しつうぶっしょう。誰でも仏になる素質を持ってるんだよー、という考え方)、忘己利他(ぼうこりた。自分が悟ることは忘れ、人のためになることをしろ、という精神)を持ち、法華経を基本経典とする宗派。

伝教大師・最澄が開祖で、中国天台宗の教えに加え、幅広い教義を持つ、通称「総合仏教」な日本オリジナルの宗派。

総合仏教という言葉に現れているように、円、戒、蜜、禅の四つの修行をし、またどのような修行をしても(修行に留まらず、あらゆる道は究めれば悟りへと至る)悟ることが出来るとしている。

 

です。ふむ、難しい。

余談ですが、比叡山での修行はとても厳しいことでも有名です。軽い気持ちで出家しないようご注意ください。

特に有名な千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)は、千日間、述べ四万キロ近くを歩きます。断食もあり、不眠もありで、詳細は知りませんがざっと調べた感じだと僕は軽やかに昇天できそうでした。

因みに戦後でこの荒行を満了した僧は七人だけだとか。ムリゲ。

 

と、日蓮宗との違いもよく聞かれるようですが、日蓮宗は法華経を根本の経典としているという点では天台宗と同じですが、総合仏教として発展した天台宗と異なり、日蓮宗はそのまま末法思想(ここでは詳しく触れませんが、浄土系が誕生するきっかけにもなった思想です)と時代に合わせて出来上がっていった宗派です。

僕もまだ完全理解には到底至りませんが、その辺↑でやっぱり随分違うみたいです。

 

あなたが光

最後に伝教大師・最澄の有り難いお言葉を噛みしめながらお別れいたしましょう。

人の幸福はあなたの幸福、そして、人類の幸福なのです。

曰く――一燈照隅 万燈照国――。

光とは、あなたそのものです。あなたが全力で生きることで、その光は他人をも照らし、またその他人が違う誰かを照らし、やがては国もが照らされ、光に満ちるのです。

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※画像をお借りしたこみちさんは京都に住み、比叡山や周辺の写真を数多く撮りつづけています。興味を持ちましたら是非ご覧になってみてくだいませ。

風の小径

そしてこみちさんありがとうございました。

 

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