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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

妖怪でも解る仏教講座~開祖・お釈迦様編~

妖怪と仏教講座

妖怪仏っこいた

なぜか仏教の本を買ってしまう病気にかかっています。

元は、今までよくわかってなかった仏教を知って、もっと妖怪との関わりとかを理解したいなぁ……というところに端を発しているのですが、河童とりが河童になったっつぅか、清姫調べて安珍追っかけてたら自分がいつの間にか蛇になってたっつぅか、ともかく最初の目的が消え失せてしまってるわけです。神道家の父ちゃんや兄弟達は泣くでしょう。

 

しかしならがら、数多ある仏教の宗派を理解することは、最後にはきっと妖怪と結びつくでしょうし、死んだらほとんどみんな、フルオートで戒名与えられて仏弟子にされてるわけですから、知っといて損は無いはずなのです。

というわけで、今日の日本の仏教宗派の前に、始まりを書いておかねばなりますまい。というわけでまずはブンシャカ仏釈迦お釈迦様です。

 

※すっ飛ばして日本への仏教伝来から知りたい方は

妖怪でも解る仏教講座~仏教がやってきた! 編~ - 妖怪うぃき的妖怪図鑑

からどうぞ。

 

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天上天下唯我独尊~シッダールタ誕生~

仏教の開祖、ガウタマ・シッダールタが(現ネパールで)誕生した時、七歩歩いてから右手で天を指し、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言いました。とんでもない誕生の仕方であります。

この言葉はよく誤解されて捉えられるようで、wikiなんかには『暴走族が誤った解釈で使いたがる』――と書いてあって吹きました。

解釈は実に様々なようですが、「わが身を知った時、その他のあらゆる命もかけがえのないものだと理解できる」のようなニュアンスが一般的なよう。

 

開祖ガウタマ・シッダールタについては、生涯と伝説を細かく追ったらキリがないので、僕が面白いな、と思った部分をいくつか書いてみます。

 

・シッダールタはシャーキャ国の王子として産まれた。つまりは相当に裕福な環境である。その後29歳で出家し、6年間メチャキツイ苦行に臨み悟りを得ようとする。

しかし苦行では悟りは得られぬと悟った(?)シッダールタは苦行を止め、乳粥をスジャータという名の村娘にごちそうになり、その後菩提樹の下で瞑想している時に成道(じょうどう。悟りを開く事)したのである。

ここで注目したいのは、恵まれた環境でも無く、苦行の最中でも無く、バランスの取れた心の状態で悟りを開いた――ということ。

これは後に「中道」と呼ばれる修行の際の心得にも反映されている。極端な環境下では悟りは得られないのだ。

 

・シッダールタが成道し「お釈迦様」と呼ばれている理由について。

まず、悟りを開いた者は仏陀と呼ばれる。例えば僕も悟ったら「妖怪へぇこいた仏陀」になれる。妖怪なのか仏なのかの議論勃発必至。

で、シッダールタはシャーキャ国のシャーキャ族であり、シャーキャ族の悟った偉い人、というのが「釈迦牟尼(しゃかむに)」と書き表され、それが「お釈迦様」の原型になっている。他にも「釈迦牟尼仏陀」とか「釈迦牟尼世尊」とか色々な呼び名がある。

 

・シッダールタの生涯は結構リアルで面白い。

伝説的脚色も多いものの、結婚までしてるのに出家して、苦行じゃ悟り開けなくて、悟って仏教始めてからも弟子に裏切られたり、母国シャーキャ国もコーサラ国によって滅ぼされてしまったり。

更に最初は流浪の教団であったのが、ビンビサーラというマガダ国国王に着目され竹林精舎を寄進されたことでようやく寺院を持つ教団になった――なんてあたりも生々しくて面白い。(因みに有名な祇園精舎もこの辺りで寄進された寺院。更に笑える豆知識で、祇園精舎の鐘の聲――で始まる『平家物語』だが、実際には祇園精舎に鐘なんか無かった。2004年に日本が鐘を寄贈し、ようやく祇園精舎には鐘があるようになったのだとか。なにそれ笑える)

 

お釈迦様が教えたもの

シッダールタが沙羅双樹の下で入滅する80歳までの間、シッダールタは多くの人々に教えを説いてきました。

(実はシッダールタは各人の性格などに合わせそれぞれに違う教えを説いていて、それが後に無数に分派してしまう大元の原因になっている、とする説もあります)

ではそもそもシッダールタは何を教えたか、というのを見てみましょう。

所謂仏教の基本的な教え、考え方です。物凄く簡単に纏めます。

 

四苦八苦からのニルヴァーナ

仏教の教えの出発点は、人生は苦である――というところから始まります。

人として産まれた以上、抗うことのできない根源的な苦が、「生」「老」「病」「死」であり、これを「四苦」と呼びます。

更に、「愛別離苦(あいべつりく。愛する者とも別れなければならない苦しみ)」、「怨憎会苦(おんぞうえく。憎んでいる相手とも会わなくてはならない苦しみ)」、「求不得苦(ぐふとくく。欲しいものが手に入らない苦しみ)」、「五蘊盛苦(ごうんじょうく。肉体や精神が自分の意のままにならない苦しみ)」の4つを加え、まとめて「四苦八苦」と呼びます。

読めば難しいようで実は非常にありふれた苦しみしか書いてありません。

これに更に「煩悩」が加わることで、人の「苦」は膨れ上がり、自らを破滅へと導きます。

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で。

とにかく苦しい人生を、煩悩を消し去り、苦から解放されることで涅槃(ねはん。ニルヴァーナとも。要はあらゆる苦から解放され、静寂の中にある究極の境地に到達すること)へ至る――というのが釈迦の説いた仏教であります。

他にも凄く大事な四諦(したい。悟りに至る為の4つの真理)だとか、道諦(どうたい。四諦の中の一つで、涅槃へと至る為の道)の中の八正道とか、色々ありますが、とにかくそれらはすっ飛ばして、

苦の人生を、煩悩を吹き消し苦を消し、涅槃へと到達する

ことが最終的な目標ということになるでしょうか。

 

 釈迦入滅後の仏教の行方

前置きがとても長くなっていますが、ようやく日本に伝わる時代も近づいてきました。

しかしそのまま釈迦の教えが伝来――なんてシンプルなことにはなりません。残念。

 

仏教が広まる上での重要人物が、初めてインドをほぼ統一したアショーカ王。

元はとても乱暴な王様だったようですが、後にその事を悔いて仏教に帰依します。

そして仏教をインドの国教とし、8つに分散されていた釈迦の仏舎利を掘り起し分骨し、更に8万4千の仏塔を建てました。

これによりどこにいても仏塔がある、という環境が出来、仏教流布に非常に大きな影響を与えたわけです。

が。

その時代、実は既に仏教は大まかに二分されていました。

元々の原因は「金銭による施しを受けていいかどうか」にあるようで、社会的にも財源を確保せにゃやっていけんだろ、という革新派と、いやいやお釈迦様はそんなこと許してない、という保守派に分かれて大いに揉めたわけです。

結局和解とはならず、ここで仏教は保守派の「上座部仏教」と、革新派の「大乗仏教」とに分裂することになりました。

 

上座部仏教は、あくまでも仏様はお釈迦様一人であるとした仏教で、敷居も若干高かったようです。

一方の大乗仏教は、後に菩薩やら如来やらを多数作っちゃっていることからもわかるように、民衆にも親しみやすい、時代に合わせた新たな仏教として爆発的に普及していくことになります。

(ちなみに、小乗仏教という呼び名は、大乗仏教側が差別的に上座部仏教を呼んだ言葉であり、正式な呼称ではありません。豆)

また、上座部仏教があくまでも修行を重ねた者のみが救われるという考えで、一般市民は基本的に救われません。それに対して大乗仏教は、「誰もが救われる。お釈迦様もこの世の全ての人を救いたかったはずである」という考えで、ここが大乗仏教普及の最重要要因であることは間違いないです。

 

インド仏教の終わりとアジア

仏教発祥の地であるインドですが、なんと一度仏教が消える、という事態が起きています。

それはヒンドゥー教とイスラム教との争いによるもので、非暴力主義を貫いた仏教はいとも簡単に皆殺しにされてしまったのです。その後インドでの仏教は復興するのですが、現在ではインドのほとんどの人はヒンドゥー教で、ごくごく僅かな人が仏教徒であるのみらしいです。

 

しかし。

一方でアジア圏では仏教は様々に形を変えて発展し続け、遂に中国から538年(552年説もありますが、今はこっちが一般的らしいです)日本に仏教がやってきました。

長かった!

この時伝わった仏教は大乗仏教であり、上座部仏教では無いことは重要です。

これが更に細かく別れていくわけですが、それはまた違う機会に。

 

では、僕は僕なりに、ニルヴァーナを目指して……

 

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