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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

火の車(ひのくるま)は自分のせい

火の車(ひのくるま)

 
現代でもよく使う「家計が火の車」という言葉。これの元になっているのが、妖怪火の車である。
家計が苦しいことを例える言葉であるが、この火の車という言葉の歴史は深い。
 
そもそも「火の車」は、地獄からの使者である牛頭馬頭(ごずめず)が乗ってきて地獄へと誘う、要は罪人送迎バスみたいなもの。
そしてこれは仏教上のことであり、火の車に牛頭馬頭が乗ってくるのにもちゃんとワケがある。

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牛頭馬頭はその名の通り、身体は人間、頭が牛・馬の鬼の地獄の獄卒である。
牛と馬と言えば、現世では人間にこき使われ、食べられてしまう家畜である。それが仏教の地獄では逆襲してくるわけだ。
罪人にとっては、牛頭馬頭を見て生前に動物を粗末に扱ったことを悔いることから罪滅ぼしはスタートするわけだ。
 
そして重要なのが、火の車というのは誰かによってもたらされるものではなく、あくまでも自分自身の行いが生み出してしまったものだということ。
これはいかにも仏教的な感じもするが、確かに振り返ると「火の車」な状態になっているのは自分自身のせいである場合が多いことにも気づくはず。これは現代で使われている火の車にも当てはまるのではないだろうか。
 
さて。
火の車、と聞いて、妖怪の火車を思い浮かべた人もいるだろう。
それもそのはず、死者を墓場から連れ去る火車と、罪人を迎えに来る火の車は非常に似ており、いつの時代からか同じもののように言われることになってしまった。
しかし元は別物であり、火車はそもそも猫が引いているから見ればわかる。
ただ、元は別物――というよりは、火の車から火車が生まれたと考える方が自然かも知れない。
 
 
因みに、牛頭馬頭の乗る火の車によって向かう地獄は八大地獄と言われる所であり、もう半端じゃなくキツイ所である。山と山の間に挟まれ潰され死んだと思ったらまた復活させられて同じことされて(これ、最初の地獄)×キツさアップの八連地獄――みたいな、現代では規制とフルモザイクかけなきゃ見せられないような地獄である。
 
万が一火の車を見てしまったのなら、腹を括って地獄に備えよう!
そもそも自分が悪いのだ!