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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

陰陽師とは結局何なのか特集

陰陽師超特集!

小林馨様より『博雅三位』

小林馨画『博雅三位

 

以前ある鼠系読者さんからリクエストを頂きまして、あれこれ考え企画すること数か月(体感)。僕もよくわかってない陰陽師(おんみょうじ)ですが、四苦八苦しながらではありますがなんとかやり切りたいと思っています。僕の中での陰陽師は野村萬斎と夢枕獏の独占イメージ市場でして恐らく偏ってます。そこいらも修正しつつ終われたらと思います。

 

長いので目次

陰陽師の歴史

陰陽師は何をするのか?

カリスマ安倍晴明

陰陽師になりたいあなたへ

陰陽師の今

 

 


陰陽師の歴史

――と中途半端な勢いで発進しましたが、陰陽師というのがいつ誕生していつ謎めいた存在になってしまったのかをまずは知らねばなりますまい。というわけでまずは陰陽師の歴史をまとめます。陰陽道も当たり前ですが絡みますから、本当にざっくりと解り易く歴史を追います。

 

 ・古墳時代――中国より陰陽五行思想が日本に伝えられる。しかしこの時点ではそんなに盛り上がらない。

 

飛鳥時代――本格的に仏教が日本に流れ込んで来た影響も相まって、陰陽五行思想も次第に政治への力を持ち始める(主に国が進むべき指針を自然などから読み取り占うという役目。風水的)。

聖徳太子「あれ? 陰陽五行思想すごくね?」

そしてこの時代に陰陽寮(朝廷内の陰陽師達が所属する機関)が設立されます。

 

奈良時代――朝廷内に設立された陰陽寮は、国家機密の謎機関。故に一般人が陰陽道を学ぶことは固く禁じられていました。ただし、まだこの時代の陰陽師というのは占いや地相を読み予言やアドバイスをするだけの存在。それでも大きな影響力を持っていました。

 

平安時代――陰陽寮の機密制度にも翳りが。陰陽寮での人材育成があまりうまくいかなかったこと、陰陽道が公家達のプライベートな争いにまで利用されるようになったこと、民間でも禁止されているはずの陰陽道の習得を勝手にやりだす輩が出てきた事等々、様々な要因が重なり、陰陽道は独自の広がりを見せるようになります。

それは悪く言ってしまえばオカルトな色合いを強めたとも言えるし、地域毎に全く異なる陰陽道が育っていくことにもなりました。

しかしこの時代、ご存知安倍晴明(あべのせいめい)が現れる時代でもあります。

陰陽道が最早機密ではなくなってしまっていましたが、朝廷内では賀茂家と安倍家の二家が陰陽寮を掌握。のみならず多くの権力者達に信頼され、更にコントロールするほどまでに力を持っていました。

恐らく最も陰陽師が活躍したのが平安時代だと思われますが、その大きな原因はこの時代に流行した「御霊信仰」の影響が大きいです。

御霊信仰とは、簡単に言えば祟りだ悪霊だを信じ、恐れる信仰(というか風潮)のこと。そういったモノに対抗できるのなんて陰陽師以外にいなかったんですね。

 

鎌倉時代――まだまだ力を持っていた陰陽師。しかし、この時代になると陰陽師を重用するのは一部の公家や皇族に限られるようになってきます。ヤバイ廃れる!

が、足利将軍家が公家志向で陰陽師を重用するようになり、一安心。

 

戦国時代――そして訪れる戦乱の時代。下剋上だ天下取りだと血眼になり必死に生きる人々にとって陰陽師の予言なんて馬糞の役にも立ちません。

陰陽師の二大勢力であった安倍家と賀茂家も、賀茂家は血筋が断絶、踏ん張ってた安倍家も戦乱の中徐々に衰退。

陰陽師危機一髪!

……と思いきや、危機一髪だったのは由緒正しい二家のみで、民間で湧きまくっていた陰陽師は未だ流行の波に乗り続けていたようです。ただ、民間陰陽師は怪しい占いや祈祷をする者も多く、この頃には陰陽師に対するオカルトな妖しいイメージというのは拭えないものになっていたようです。

また、一時天下人となった豊臣秀吉に陰陽師は嫌われてしまったようで、連綿と続いていた宮廷内陰陽道も遂に終わってしまいます。

 

江戸時代――家康「ちょっともうそういう怪しいの取り締まりましょう」

というわけで江戸時代、徳川家康の時代には陰陽道の統制が始まります。しかし優しい家康は陰陽道を根絶するのではなく、秀吉に嫌われちゃった陰陽師である土御門久脩(つちみかどひさなが)を陰陽道の宗家と認め、建築物の地相を見させたりして使いました。

最早政治に影響を及ぼすことは全くなくなってしまった陰陽師。しかし民間での占いや地相見などでは定着することになります。

 

明治時代――ついに訪れる最後の瞬間。

「西洋文化をドンドン取り入れてる最中、陰陽道みたいな古風な輩はきっと反対勢力の中心になるでしょ」

「天皇がいらっしゃるのに偉そうに行動を指図するとかどういうこと? ていうかそもそも日本には神道があるのに中国輸入の陰陽道が何偉そうにしてるわけ?」

 哀しいかな、明治時代になり陰陽道は「迷信である」という烙印を押され完全に廃止されてしまいます。

悔しいことに、西洋文化の流入が陰陽道廃止のトドメになったんですね。

 

 

 


陰陽師は何をするのか?

 陰陽師の歴史を終えたところで、陰陽師を職業として考えてみましょう。

歴史を読めばわかりますが、そもそもの陰陽師は朝廷内の機関に所属する官人(要は公務員)です。

そこでのお仕事は主に自然全てを読み理論的に分析して予言するお仕事。

ただし、後年広義に言われるようになる「陰陽師」と違い、陰陽寮内での「陰陽師」は極わずかです。

というのも、陰陽寮は朝廷内の機関ですから、事務担当、教育担当等、細かく職が分かれていたわけです。

例えば平安時代に出てくる安倍晴明は、陰陽寮で陰陽頭(おんみょうのかみ)になります。これは実質的に陰陽寮で一番偉い人です。

陰陽頭の下には沢山の位があり、その中で占筮(せんぜい。吉凶を占う)や地相を見るお仕事をするのが「陰陽師」です。

他にも星や雲等を見る天文博士(てんもんのはくじ)や、暦を管理する暦博士(れきのはくじ)等がいます。

陰陽寮に勤める人々は、超頭が良い識者ばかりであったのだろうと思われます。

なんの指針も機械も無い時代に天文やら暦やらを管理していたわけですから。それらを纏めた日本独自の陰陽道は簡単に習得できるようなものではなかったはずです。

 

「じゃあ呪術だのを使う陰陽師像はいつできたのか?」

 

と疑問に思う方もいるでしょう。

民間陰陽師のせいもあるとは思うのですが、それ以上に平安時代に起きたある出来事が呪術もイケル陰陽師像ができる要因になっている気がします。

それは、同じく朝廷内に存在していた機関所属である「呪禁師」。

この呪禁師、文字通り呪術(じゅごん)を使う陰陽師以上に怪しい職種なんですが、この職種のあった機関が廃止され、技術のみが陰陽寮に統合されるという出来事があったのです。

これにより、陰陽寮は陰陽五行を元にした占筮等だけでなく、呪禁もイケルようになったのです。

それまでは、

「吉凶を占いましょう! やや! この道には悪鬼が潜んでいます!」

だけだったのが、

「吉凶を占いましょう! やや! この道には悪鬼が潜んでいます! 我が呪で祓ってみせましょう!」

まで出来るようになったわけです。

この辺りから陰陽師は多種多様な変化をし始め、わけわかんなくなってきます。

 

要は、一口に「陰陽師」と全ての時代の陰陽師を括って言えないということです。時代時代、または地域毎に性質が違っちゃったりしてるわけでして。

ここら辺のややこしさは妖怪と似てる気がします。

 


カリスマ安倍晴明

歴史で触れたように、朝廷内陰陽寮は賀茂家と安部家の独壇場でした。
しかし陰陽師の一般的イメージではどうしても安部家の安部晴明の方が勝っています。

 実はその晴明に陰陽道の真髄を教えた師匠こそ賀茂忠行(かものただゆき)であるのですが、やっぱり一般的知名度は晴明の方が上。

しかし、いつどこで産まれたのかは確証がなく、ハッキリしていないようです。

以前ココでも紹介した「葛の葉」という狐が母親である、なんていうお話もありますし、年を経るうちにどんどん様々な媒体上でカリスマ超人化していくので真相は晴明桔梗の中、といったところでしょう。

 

晴明自身は、陰陽寮の実質トップである陰陽頭に就いていますし、多くの公家らに重用、信頼され名を轟かせるわけですから陰陽師としての知識・実力は相当なものだったことはわかります。

しかし後年超人化された晴明の描写は眉唾モノなのが多いのも事実。

本当にそんなことできたの?

って言いたくなるの満載萬斎なんですが、そういう妖しい晴明が近年のブームになる上では必要不可欠だった気もするのでなんとも言えません。

実際、夢枕獏の陰陽師なんかはそういうエピソードを元に描かれた話が多いですし、僕も好きですし。

 

晴明は超有名であると同時に、オカルトな匂いを発し出す分岐点であったことも事実でしょう。

いくつか有名な逸話を書いてみます。

 

晴明家行くと勝手に扉開いたりお茶運ばれてきたりするんだけどこれどういう之事

晴明様は家では式神(しきじん・しきがみ)を使役してドア開けさせたりお茶持ってこさせたりできるのだといいます。

 

天皇の頭痛を治す方法教えてあげる之事

花山天皇は頭痛に苦しんでいました。何を試しても治らない。そこで晴明に相談すると、「みかどの前世の髑髏が岩の間に挟まっちゃってるんですよ」と教え、晴明の言った場所に行くと確かに岩に挟まった髑髏があり、それを取り除いてから花山天皇の頭痛はピタリと止んだのだといいます。

 

宿敵蘆屋道満(あしやどうまん)と射覆対決した時之事

歌舞伎、浄瑠璃などで晴明の因縁のライバルと言われる蘆屋道満という民間陰陽師の達人がいます。一度晴明と道満は射覆(今で言う透視みたいなもん。箱の中身はなんでしょう? みたいな)で対決したことがありました。

公家達が箱の中にミカンを16個入れ、「中身を当てよ」という対決です。

道満はすぐに「ミカンが16個入っている」と言いました。

晴明は「鼠が16匹入っている」と言いました。

中身を知っている公家達は「晴明さんやっちまいましたな……」と思っていたのですが、箱を開けるとなんと中からは16匹の鼠が。晴明が式神でミカンを鼠に変えていたのです。もうなんでもありなのです。

 

無駄な殺生はしないのだけれどまぁ仕方ないか之事

ある日公家達と語らっていた時、公家の一人が「晴明さんの呪は凄いけど、人は殺せるんかな?」と言いだしました。

「殺せるけど、生き返らせることができるか解らないからやりません」と晴明。

しつこい公家は、「またまたぁ。本当はできないんじゃない? できるなら試しにそこにいるカエルを殺してみて下さいよ」と言い、庭先にいたカエルを指差しました。

晴明はやれやれといった様子ながらも、庭に生えていた葉っぱをちぎるとそれに呪文をかけ、すぅっとカエルに向かって投げました。

カエルの上にふわりと乗った葉っぱ。が、次の瞬間カエルはその葉っぱにメメタァっと押しつぶされてしまったのです。

その場にいた一同は「ほんますんませんでした」と晴明に恐れ入ったのだといいます。

 

一体この中のどれが実際にあった逸話なのか、見当もつきません。とにかくこのような超人伝説が作られるほど、安倍晴明という人物は人気者であり実力者であったということだけは間違いなさそうです。

 


陰陽師になりたいあなたへ

安倍晴明の逸話、陰陽師の歴史、仕事を勉強してきました。

この記事を読んで「よっしゃ俺も明日から陰陽師(自称)目指す!」という方が現れないとも限りませんので、陰陽師のよく使った道具や術なんかをちょっと勉強してみましょう。

 

 九字印

臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!

りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん、です。

僕、この九字印、ゲームソフト『天誅』で出てきてすっかり気に入って覚えてたんですが、陰陽師も使うものだとは全く知りませんでした。

修験道や密教などでも使われる、あらゆる災厄から身を守るという最強の印であります。

指で空間を切るようにして唱える方法と、手で印を結ぶやり方があります。


 

因みに僕は、これを全て唱えた後に「直見」と付けるのが好きです。お水の花道パワーが得られます。

 

六壬式盤

次に、陰陽師ならば絶対に仕えなくてはならない六壬式盤(りくじんちょくばん)。

要は占いの道具です。

六壬式盤

 

干支だ四門だと色々書いてありますね。使い方は知りません。

 

算木

さんぎ、です。これはそろばんが普及する更に前にあった計算をするための器具の一つ。ただの木の棒みたいな見てくれなのですが、かなり高度な計算もできたようで、こういうのを使いこなす陰陽師ってやっぱり頭良く無きゃ無理だな、と思います。

 

呪符

護符や呪符もまた陰陽師にとって欠かせないアイテムでしょう。

例えば晴明は陰陽五行を現す木、火、土、金、水の呪符を適せん使い分けていたと言いますし、ただのお守りだけではない呪符の使い方も陰陽師を目指すならば知っておかねばならないでしょう。

 

式神

そして陰陽師の華(?)、式神です。

果たしてそれが実際はどのような使われ方をしていたのかはさっぱりわかりませんが、安倍晴明は十二神将を自在に使役できたと言います。

丑の刻参りも、祈りを捧げて自らが鬼になったり、鬼を使役したりするという意味では式神と同じようなものとも考えられています。

 


陰陽師の今

現代にも、陰陽師として活躍されている方は少ないですがいらっしゃいます。

ただ、陰陽師というのは誕生当初の慣習通り、あまり公に行動しない場合が多いようです。しかし逆に、名も知られていない陰陽師が沢山存在している可能性ももちろんあります。

 

現代においても陰陽師がかつてのように大役に就くことができるか? と考えると恐らく難しいでしょう。

陰陽師が陰陽寮として国家の秘密機関だった時代には、陰陽道が得意としていた天文学や暦学というのがその時代の最先端であったから、重宝されたという事もあります。

現代では科学力の方が圧倒的に進んでしまっていますし、占いで国の指針を決めるような事ももう有りえないでしょう。

しかし僕は一つだけ、陰陽師が必要とされる可能性があると思います。

それは、妖怪の出現。

ある日突然妖怪がマジに現れちゃったら、陰陽師もきっとまた脚光を浴びることができると思うのです。

だから妖怪さん、もういいよ、我慢しないで出ておいで。

 

そうすればきっと、現代でひっそりと生き続けている本物の陰陽師の方々が一斉に名乗りを上げると思うのです。

スーツを着てクールに式神を使役する陰陽師だってきっといるはずなのです。

Ag様画『第60代安倍晴明』

Ag様画『第60代安倍晴明

 

 

※冒頭と最後の絵はpixivより小林馨様Ag様よりお借りしました。ありがとうございます!