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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

妖怪に名前を付けましょう

『妖怪へぇこいたの手記』

この世界のほとんどの物には何かしらの名前が付いています。

普段意識しませんが、これは凄く大事なこと。
前にこの図鑑内のどこかで書いたかとは思いますが、夢枕獏の『陰陽師』に「名前は最も短い呪(しゅ)」という文があります。
産まれた瞬間から僕達は名前という呪を付けられ、付けられた瞬間からその名前の人物として生きて行くことになります。
もし人から名前を取ってしまったら・・・・・・。それはもう誰でもなくなってしまい、「人」または「男」「女」でしかありません。
僕が僕であるために、あなたがあなたであるために、名前という「呪」は非常に大切なものであることがわかります。
 
けれども、ただ闇雲に名前を付けたってその呪の効果は薄いです。
僕は小さい頃、ありとあらゆるものに名前を付けては話しかけていました。特にクーピー一色一色に怪獣の名前を付けて楽しんでいたのはよく覚えています。
「でもそれただのクーピーじゃん」
――と、全く迷惑な真実を言う奴が出てくると、そのマジナイも終了。
しかしもし僕が「このクーピーの赤色はゴジラって名前なんだ」とみんなに言って、さらに認めて貰えたとしたら、それはもう誰にとっても、クーピーの赤色ではなく「ゴジラ」になります。
 
この、「みんなに認めて貰えたら」という部分が凄く重要で、多くの人がその名前を認め、共有することで、名前の持つマジナイの効力はぐっと強くなります。
人の名前で例えるならば、名前を知って貰えたことであなたはようやくあなたになれた、とも言えますし、同時にあなたはあなた以外のものになれなくなった、とも言えます。
呪(しゅ)という言葉が面白いのは、それは呪い(まじない)とも読むし、呪い(のろい)とも読めること。
名前を知られることで、よくも悪くも人は「呪」に縛られることになるのです。
 
――次に、妖怪の場合。
もともと曖昧で、暗闇や人の心などの「よく見えない場所」に沸くことを得意としている妖怪さんは、名前で縛られることで活き活きとし出すような気がします。
というか、名前という呪いが命を吹き込む――ような気さえします。
 
「なぁ、なんか河原のあの辺、変な音がしねぇか?」
「あぁ、聞こえるなぁ。小豆洗うような音だ。前に爺さんもそんなの聞いたっていってたっけ」
「こえぇぇなぁぁぁ。バケモンが小豆洗ってるんだろうか?」
「小豆洗いだな……」
「なんだそのヘンテコな名前」
「小豆洗ってるバケモンだろう? 小豆洗いじゃねぇか」
「小豆洗い……なんかもっと怖くなってきたなぁ」
「しょきしょき、しょきしょき、って聞こえるなぁ。いや、あれ唄ってるんじゃねぇか?」
「おいやめろよマジでぇ。人がいるんじゃねぇかぁ? そうだ、そうに決まってる」
「いんや、人みたいなバケモン、小豆洗いが、人喰う為に待ってるんだよ多分」
「やめろってばぁ。オラどんどん怖くなってきたぁ」
 
勝手に想像して書いてみるだけでも、名前がその妖怪を縛った途端、一気に怖さが増すのが解ります。
そして、誰か一人が言い張るのではなく、その地域の人々が納得し、認めることでその名前は広まり、ただの名前がいつしか姿までをも伴うようになるのです。
 
ただ、妖怪のややこしい所は、ほぼ同じ怪異であっても地域によっては名前が違うことです(&それが修正されるような事も無いこと)。
例に挙げた小豆洗いなんかは、場所によっては「米とぎ婆」になってたりします。
これが人間だったら話は別でしょう。
東京では「鈴木」だった奴が、青森に行った途端「山田」になった――なんて話は聞きません。(結婚とか改名とかは別)
その理由は妖怪がそもそも現象から起こったモノであるということもありますし、更に現象の原因が解っていて、同じ現象だということが解っていても、地域ごとの特性、民間信仰等を無視して名前を統一することができないからです。
もうこれは妖怪が妖怪たる所以、あるいはかつての研究者達が定義してきた「妖怪」の歩んだ道のせい、など、様々な要因が暗黙の了解的にそうさせている気がします。
妖怪研究というのがマジでめちゃめちゃ面倒で手間なのは、多くの分野の知識が必要になるから、というのが最たる理由だと僕は思ってます。
決して一方向から語ることができないのが妖怪です。
↑の同属性なのに違う名前、というのも、民俗学や宗教学を無視して語ることが出来ないからであります。
 
んが! 逆に考えるとここが妖怪のすごく面白いところでして、仮に最早超有名妖怪である「河童」を、誰かが別の名前で新たに呼ぶようになったとします。もし、それが皆に認められ、浸透したならば、河童と同じ属性の、全く別の名前の妖怪が新たに誕生しちゃうことになるんですね。
前に「よくある質問」のどこかで、僕は「妖怪が無限に増える可能性があるよ! あんたが産みの親にもなれるんだよ!」みたいに書きましたが、それは皆に認められ、浸透する、という前提の元では全然嘘ではないンですね。
 
 
妖怪チ〇毛散らし――という名前を聞いたことがあるでしょうか?
非常に下品でアホな名前の妖怪なんですが、恐ろしいことにかなりの人に認められ、さらに浸透している妖怪のひとつです。
当然最初はネタで誰かが言ったものなんですが、多くの人の共感を得る「あるある」的現象の妖怪で、知名度はかなりのものです。
まさに、新たな妖怪が産まれた瞬間です。
ただし。
この記事の冒頭で理屈っぽく言ったように、名前は「呪」です。
どう頑張ってもこの妖怪はその名前のイメージ以上のものにはなれないでしょうし、ネタ臭を消すことも出来ないでしょう。
しかしその名前でなければ認められて浸透することもできなかった気もします。
 
名前を付けるということ。
これは凄く短い「呪」で縛ることであると同時に、凄く難しいことなのです。
命名は計画的に♪