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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

暇な江戸っ子、夜に妖怪を愉しむ

『江戸時代と妖怪』

 

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 葛飾北斎画「両国夕涼花火見物之図」

 

妖怪大フィーバーの時代、江戸時代。

特に現在の東京、すなわち江戸において、妖怪は物凄い人気を誇りました。

妖怪が物凄い人気となった――なんて簡単に書いちゃいましたが、妖怪はそもそもは恐れられるものであって、楽しむものでは無かった筈。しかしこの部分こそが江戸時代に妖怪がフィーバーした最たる要因だと思います。

つまり、妖怪というのがそれまでは「不可解な現象などを説明するための装置」として機能していたのに、単なる「娯楽」へと変貌してしまったのです。

その変化が起きたのが江戸時代であり、特に江戸だったわけです。

 

――で、人々が貪欲に娯楽を求める為には、まず平和であることと、退屈な時間が多い、暇である、ということが必要かと思います。現代でだって、クッソ忙しい時期には娯楽もクソもありませんからね。まぁお仕事によるんでしょうが。

 

では、なぜ江戸に暮らす人々は退屈することが多かったのでしょうか?

テレビもないし、パソコンもないし、ネカフェも無いから……ではありません。

これは江戸時代のとても大きな特徴である物価が現在とはちょっと違っていたからなんですね(ちょっと、と書いたのは、多くは現在と変わらぬ程度の物価であるからです)。

 

この物価に関しては、一文を現在のいくらに換算するか、によってかなり変わっちゃうので深追いしませんが、色々な本やサイトを巡って調べると、「ある値段」が今に比べて格安なことに気付きます。

それは、家賃です。

江戸町民のほとんどは長屋暮らし。そして長屋というのは家を持てない人々の為に、太っ腹な地主である大家が格安で貸してくれる今で言う賃貸住宅です。

大体一月の家賃が今の一万円ぐらい。

お風呂が無かったり狭かったりと色々難もありますが、当時はそれがふつうだったわけで、家賃も今の5~10分の一ぐらいだったンですね。

……で、大店の奉公人や武士・役人を除けば、大半の町人は今で言うフリーターです。

更に江戸時代にはアルバイトなんていくらでもあって、ふと思い立った大道芸ですら一日分ぐらいの生活費は余裕で賄えてしまえるほど。それに今で言うところの日雇いアルバイトも、お給料は今と同じかそれ以上。

一日働けば家賃は払える。残りは、家族がいる者は養う為のお金に回したり、趣味や娯楽、食費に回せる。

有名な話ですが、月の内半分も働けば、十分に家族を養っていけるぐらいだったそうで。ううううらやましぃぃぃ!

真夏なんて、「あちぃのに汗水垂らして働くなんてぇ野暮ったくてやってらんねぇ!」という理由から、ほとんどの町人は働かなかったそうです。マジで。

 

――さて、そんなに働かなくたって充分生きていける、となっては働かない者が増えるのも当たり前。さらには江戸っ子達はそんな自分達を肯定する為か、「宵越しの銭は持たない」のが粋であると言い始め、その日暮らし至上主義へと変化していきます。

 

さて、暇です。

 

何を隠そう、この「暇」こそ、江戸時代がすごく楽しそうな趣味に溢れ、娯楽に溢れ、黄表紙に溢れた要因なんじゃないかと思います。

だって考えてもみて下さい。一か月丸丸休みだったとして、ゲームもテレビもパソコンも無い。

こりゃあ何か考えなきゃいけねぇ、となるのは自然。

そうして江戸には見世物小屋、歌舞伎座、貸本屋、飲食店、湯屋なんかがどんどんできていったわけです。

 

しかしここに、もう一つとても大事な真実を書きましょう。

江戸時代には「門限」があったのです

これは僕も最近知ったのですが、町毎の入り口に設けられている木戸が、夜になると閉まっちゃうんです。その時刻は、江戸時代の最初の頃には午前0時。しかし江戸時代が進むとどんどん早まって、午後10時には閉まるように。

当然、それを過ぎたら入れて貰えません。武士の中では罰則だってあったようで。

(場所によっては長屋の区画ごとに門があるところもあったそうです。大家が閉めます)

さらに驚きだったのが、あの遊郭ですら0時には門を閉めて入れなくなるそうです。

これは目からウロボロス。

今よりよっぽど健全だったんですね、お江戸は。

 

――となると明るい時刻には沢山あった娯楽だってなくなっちゃいます。

「ふん! けぇってテレビジオンでも見てやらぁ!」

なんてわけにもいきません。

それに江戸時代には電気もありませんから、行灯か蝋燭(蝋燭は高級品なので基本行灯)でしのぐわけですが、女房旦那のいる夫婦ならまだヤルことはありましょうが、独り身なんて早く寝ちまうしか術が無い。しかし寝れない夜だってあるでしょう。

どうする? じゃあどうする?

 

もうフラグは立ちまくりましたね。

妖怪様、ご登場でございます。

 

「おぉい! おいおい!」

「なんでぃ慌てやがって」

「聞いてくれ。あのよ、昨晩な、出やがったンだよぅ!」

「出やがったって何が? フラれた遊女の夢でも見やがったか?」

「ちげぇよ莫迦! 昨日はな、ついうっかり行灯消さずにうたた寝しちまったのよぅ。んで妙な音がしやがるから目ぇ開けたらよ、ちっさい赤子が行灯の油嘗めていやがった!」

「するってぇと、おめぇは赤子のバケモンを見たってぇことかぃ?」

「おう! 信じてくれよぉ、与太じゃねぇンだって」

「まぁおめぇはでたっこきく男じゃねぇしなぁ。――ところで、その赤子ってぇのは……こぉぉぉんな顔じゃなかったかぃぃぃぃヒヒヒヒヒ」

「……ちげぇよ」

 

――とにかく、まだ自然との共生も出来ていて、恐ろしい「夜」も確かに存在していた江戸時代。そんな中、石燕が描いた『画図百鬼夜行』のような、解り易く、名前付きの妖怪達が登場したとしたら、それに火が付くのは当たり前。

暇な夜を、無数に描かれた魑魅魍魎を眺め、思いを巡らし、「そういやぁこんな経験あったよな」なんて考えながら、明日にでも友人にその話をしてみよう、とか思ったりしちゃって、江戸の夜は更けていった――なんて想像、いかがでしょうか。