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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

妖怪が幽霊になる時 ~妖怪と幽霊の違い考察~

『妖怪へぇこいたの手記』

先日、ガチで幽霊を見てしまったかも知れない、という事を書きました。

その件以来、完全に拘るべき箇所が人とズレている僕は、「僕が見たのは妖怪なのか、それとも幽霊なのか?」を考え、調べまくりました。

見たのは錯覚ではなかったのか? などの疑問は最早どうでもよくなってるのです(笑)

 

これを考えるのは実にややこしく、ネット上を検索すると「妖怪はこうだ、幽霊はこうだ」という話はいくらでもあるのですが、どれもなんだか無理やりな解釈な気がして、ピンとくるのは少ないものです。

実際、僕自身も幽霊と妖怪の区別はハッキリと出来ていませんから、今後の為にもここは調べて少なくとも自分なりの答えは見つけておくいい機会だとも思ったわけです。

 

さてさて、幽霊は、過去にも紹介した鳥山石燕の「幽霊」のように、妖怪画の中で描かれていることも少なくありません。

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 『画図百鬼夜行』より「幽霊」

 

石燕の幽霊を紹介した時の僕の記事を読み返しても、やっぱり漠然としたものとしか解っておらず、なんで妖怪画に幽霊があるのか混乱しているようにも見れます。

それもそのはず、「妖怪」を一つのジャンルとして考えると、やっぱり「幽霊」も妖怪とは異なる一つのジャンルとして確立している気がするからですね。というか、世間一般では幽霊は間違いなく一つのジャンルでしょう。

で、なぜ僕がアノ記事を書いた時に「幽霊を見た」としたかというと、「妖怪を見た」と書くのとはニュアンスが違うだろうし、何よりも僕自身が「あれは妖怪ではないだろ」と思っていたからです。

それらを踏まえると、幽霊というのが僕の中にも、しっかりとしたジャンルとして無意識のうちに出来上がっていたことが解ります。どういう定義なのかはサッパリですが。

 

尚、「どっちでもいいじゃん」という意見はどうかここはグッと飲み込んで下さい。それを言っちゃったら身も蓋もありませんので。

そこをあえて考える企画ですので。

幽霊は幽霊なんですが、妖怪の枠内の幽霊なのか、幽霊という枠内の幽霊なのかは妖怪図鑑管理人としてハッキリさせておかねばならんのです。たぶん。

 

さてさて、ではでは、一体幽霊というのがこうも前に出てきやがったのはいつなのか? を突破口に話を進めます。

どうやら幽霊は、江戸時代までは妖怪として扱われていたようです。

故に石燕も妖怪画集で幽霊を扱っているわけで。

その時点での幽霊というのは、人が死んだ後になる漠然としたものであり、名前なんてありません。幽霊、という名前の妖怪ですね。

ご存知江戸時代というのは、現代に通ずる社会の基礎を作った時代でもあり、同時に現代には無い自然との共存、自然を敬う心、他人ごとでは無く確かに存在する死、というのがバランス良く存在していた最後の時代である気がします。

その時代に多くの妖怪がキャラクターとして育っていったのも、そういったバランスありきなのです。

妖怪の多くが、自然現象や神、その時点で理解できない現象などを説明する為に産みだされたわけですが、幽霊もまた、日常的に誰かに訪れる「死」と「その後」を説明するために産みだされたと考えるのは自然なことです。

 

――しかし、時代が移って行くに従い、日本人は自然をコントロールする術を身に着け、次第に自然への畏怖は薄れていきます。死もまた、良くも悪くも非日常的な事へと推移していき、自然への畏怖が薄れるのに伴い、人は自らの存在を強く主張するようになります。

さらに、それまでは幽霊(怨霊)というのはビッグネームのお偉いさんだけに限定されてました。道真だの将門だの崇徳だの、です。それが次第に民衆も「ならばオレだって」と言い始め、幽霊は遂に個人の名前を持つことになります。面白いのが、これはまさに民衆が権力を持ち始めるのと同時期に起きていること。

江戸時代、参勤交代などで力を削がれていった大名達の陰で、町民は力を付け始め、発言権も増していきます。歌舞伎などでも民衆内で起きた怪異や幽霊譚が増え、その影響もあったのかも知れません。

 

とにかく、幽霊は個々の名前を持ち、死して尚その自我を主張するようになっちゃったんですね。

 

ここです! 妖怪と幽霊との境界線は、ここだと、僕は思うのです。

小難しく長々と書いちゃいましたが、簡単に言えば

「山田さんの幽霊、って言うんならもうそれ妖怪じゃなくて人じゃん」

ってことですかね。

これまた上手く言えなくて歯がゆいのですが、山田さんの幽霊って分かってるなら化け物でも妖怪でもなくそれは山田さんですから、漠然としていた妖怪の中の幽霊とは違い、山田さんの好きな物、嫌いな物、恨み、妬み等も考えなくちゃなりませんし、もうそんなの妖怪じゃなくて山田さんという人そのものだと思うのです。

 

だ!か!ら!

 

幽霊というジャンルが妖怪から派生して確立したのでしょう。

一括りにするには無理がある。かと言って元には戻れない。

人が死後にまで自我を主張するのは当然のことですし、遅かれ早かれ起きたことのはずです。

そして幽霊が妖怪を差し置いてここまでビッグジャンルとなったのは、他でも無い「人が最も恐れるのは人だから」でしょう。

現代においては、大雨よりも、洪水よりも、雷よりも、人は人の恨みや妬みを恐れるのです。

僕だって正直なところ、雷の轟音よりもアパートの上の住人の床ドンの方が恐いです。

ただ同時にこれは人が奢っている確たる証拠でもあり、自然への畏敬の念が薄れている証拠でもあります。

幽霊というジャンルの確立は、そういった意味では喜ばしいことでは無いのかも知れません。そういえば京極夏彦大先生も「妖怪は平和のバロメーター」なんて書いてた気がしますが、妖怪を追い抜く勢いで幽霊がのし上がって来たのはつまりそういうことなんでしょう。

 

 

――話を冒頭に戻しまして、僕が見たのは妖怪か、幽霊か、決断の時です。

もうすんげぇ考えました。

あくまでもそれは名前も無いただの姿であったわけだから妖怪のような気もするしでもそこに具体性を持たせようと僕もあれこれ考えちゃったから幽霊な気もするしお盆だったから人の霊だし幽霊っていうべきな気もするしでもそれが偶然ならやっぱりよくわかんない妖怪ってことになる気もするしとなると答えは結局……

 

 

 

わかりませんごめんなさい!