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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

ザ・悪者「仁木弾正直則」

『和漢百物語』
仁木弾正直則
『和漢百物語』より「仁木弾正直則」
 
足下のネズミをキッと睨んでこっそり懐で印を結ぶは仁木弾正直則(にっきだんじょうなおのり)。
勘違いしやすいが、足下のネズミは直則が呪いをかけたとか、直則と戦っているとかではなく、直則が化けた姿だということ。ややこしいのだが、この絵では直則の姿が二つあることになる。
 
さて、この弾正直則がどういう人物かというと、正確には「舞台の中だけの人物」である。
どういうことかと言うと、解説文には「足利頼兼の家臣」と書いてあるのだが、実際には「伊達騒動」という、お家騒動の中でも比較的有名な事件の、最も悪かった人物である「原田甲斐」をモデルにしたキャラクターであるから。
何故その「原田甲斐」そのものを演じなかったのかというと、その当時、歌舞伎などの舞台では比較的近い年に起きた事件をそのまま演目にしちゃうことは禁じられていたから。
そのため、わざわざ架空の設定を用いて、当時なら誰もが知っていた「伊達騒動」を違う物語のように演じて禁止を免れていたのだ。
 
つまり、仁木弾正直則が舞台のみの人物というのはそういうことである。
尚、仁木弾正直則は、舞台を重ねる内、悪役としての知名度が上がると同時に、いつの間にか妖術まで使えるようになっており、その結果のトップの絵である。
 
ではでは、モデルとなった原田甲斐がどういう人物か知るためにも、超簡単に伊達騒動の流れを書いておく。
※原田甲斐は多くの場合極悪人として描かれるが、そうじゃない伊達家を救った人物じゃね? という説もある。が、ここでは絵の趣向からずれないように悪人として書かせてもらう。原田さんごめんなさい。
 
江戸時代、仙台は伊達家の藩主、伊達綱宗は、あまりの遊郭遊びがきっかけで藩主を降ろされることになった。
そこで代わりに急遽藩主となったのが、まだ幼かった亀千代。
そして後見人として選ばれたのが伊達兵部宗勝と田村右京宗良。
しかし兵部が、横暴な藩政を行い、逆らうものはすぐ処罰するなど好き勝手やっていた。
さらに、自らが藩主になるべく、幼君亀千代を毒殺しようとまでした。
そしてこれらの影の実行犯だったのが、兵部配下で奉行だった原田甲斐であった。
しかしそれを黙って見逃すほど伊達家は伊達じゃない。
当然反抗勢力が現れ、その代表的人物だったのが伊達安芸宗重。
しかししかし、反抗勢力に簡単に屈服するほど伊達兵部も伊達じゃない。
兵部側は、なんとその当時伊達安芸の悩みの種だった新田開発の領地争いにまで介入し、藩主亀千代の権力を濫用して不利になるようなことばかりした。
流石にキレた伊達安芸は、幕府にチクることを決意。
そして関係者が集められ、幕府による尋問が行われた。
これで原田甲斐や伊達兵部の悪行も少しは収まるだろう……。
なんて伊達安芸は考えていたのだろうが、νガンダムは伊達じゃなかった。
なんと尋問終了と同時に、原田甲斐が伊達安芸を斬り殺したのだ。
さらに駆けつけた幕府の兵により当然原田甲斐も殺される。
下手をすれば伊達家断絶の大騒動だったわけだが、辛くも藩主が幼君のままだったこともあり、奇跡的に伊達家は存続を許された。
 
……と、このようなカオスな御家騒動。
原田甲斐は腹にどんな想いを抱え、安芸を斬るようなことやしたのか?
未だ謎に包まれた部分が多いらしいこの騒動。故に有名な御家騒動となっているのかも知れない。
しかし残念なのは、伊達兵部はあの伊達政宗の十男であること。
政宗の息子でも、ダメ息子はいたようである。
とにかく、原田甲斐のような悪者は、逆に痛快にも感じるのが不思議である。