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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

為朝の武威痘鬼神を退く図

『新形三十六怪撰』

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『新形三十六怪撰』より「為朝の武威痘鬼神を退く図」

 

こちらは曲亭馬琴(きょくていばきん)作の伝記物語『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』におけるワンシーンを芳年が描いたもの。

為朝とは源為朝のこと。平安時代は源姓ばかりでしずかちゃん祭り状態で混乱しやすいのだが、源為朝は源為義の子である。もう少し解るように言うと、源頼朝のお父さんである源義朝は、源為朝と兄弟である。うん、逆にもっとしずかちゃん祭り。

 

で、椿説弓張月とは沖縄の伝説を描いたものであり、この為朝が主人公。

保元の乱にて崇徳上皇に味方して戦ったが、負けて伊豆大島へと島流しに。

しかし島流しに遭っても尚たくましい為朝は、蔓延る悪鬼も蹴散らし、暴れまくり、なんとほぼ伊豆諸島を支配下に置いてしまったとか。平安の北条早雲かょ。

この絵はまさにその悪鬼の一つである疱瘡神(天然痘のこと)を撃退してる為朝であり、この絵は縁起ものとしても有り難がられたとか。

 

そのように暴れまわって伊豆諸島を支配なんかしちゃって許される筈も無く、自害する羽目になった為朝さん。なんでも日本史における最初の切腹だとか。

しかし、馬琴が書いた話は大きく異なり、なんと為朝さんはそのまま伊豆から逃げて沖縄へと渡り、子を成し、琉球大国を作る人物を産んだのだ――となっている。

流石は曲亭馬琴。

因みに曲亭馬琴さんとは『南総里見八犬伝』も書いた人であり、wikiによれば「日本で最初に原稿料だけで食っていけた作家」だと書いてあった。

そりゃ楽じゃないよね、今も昔も……。