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妖怪うぃき的妖怪図鑑

妖怪うぃきから産まれた妖怪図鑑ブログ。妖怪の原点に触れ、もっと魑魅魍魎を知るきっかけになれば幸いです。

うわん

『百怪図巻』 『画図百鬼夜行』

うわん

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『百怪図巻』より「うわん」
 
「うわん!」と大声を上げて脅かしてくるだけのなんとも迷惑な妖怪。
解説文が一切無い為正体が謎に包まれている。
山中に出てくる、または屋敷に出るとも言う。
鹿児島や熊本の一部では化け物の事を「わん」や「わんわん」と呼ぶ地域があり、それが元になっているという説もある。
しかしいい名前である。
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『画図百鬼夜行』より「うわん」
 
 

うわん目撃譚

私は山に囲まれて育ちました。田舎であった、ということも言えるかと思います。朝起きればキツネに挨拶をし、少し散歩をすれば狸がいる。時には熊も見かけましたし、ハクビシン等もよく見ました。緑に囲まれているというのはとても素晴らしいことです。森の匂い、色、音。それら全てが、世界は美しいものであると私に教えてくれているようでした。

しかし、同時に都会では経験できないような、ある種特別な雰囲気、恐怖も存在しています。それは夜に限らず、太陽の照りつける昼間であっても、です。

山は人をおかしくする――そんな話を聞いたことはないでしょうか? 山で育った私には、現実味を帯びた「実感」としてそれが解ります。

例えば、人の手によって綺麗に舗装された道路。その道路に沿うようにできたけもの道。ほんの僅かな方向のズレであるにも関わらず、一歩そのけもの道に入り込んだ瞬間、世界がまるっきり変わってしまったかのような不思議な感覚に包まれる。

草木の放つ匂いは、安らぎを与える匂いでは無く、不安を煽る匂いへと変わる。
小鳥のさえずりは、どこか知らない場所へ誘う音楽に変わる。
目に映るあらゆる景色は、自分を騙そうとする何かの幻想へと変わる。

――私は山の草花の撮影が趣味でした。仕事の無い日などには、手作りの撮影セットと、愛用しているニコンの一眼レフを持ってよく一人で山へと向かいました。

例えそれが名も知らぬ花であっても、美しければ必ず撮影します。自作のミニレフ板を花の周りに据え、匍匐前進のポーズのような姿勢で、満足のいく写真が撮れるまでシャッターを切ります。私はすぐに夢中になり、周りが見えなくなる悪い癖がありました。そのせいで、山の中で夜遅くまで迷子になった経験もあります。ただ夜遅くなるだけならいいのです。そうでは無い場合が恐ろしい。

私は一度だけ、山の本当の怖さを経験したことがあります。おどろおどろしい、禍々しい雰囲気――山全体が、そういった雰囲気に飲み込まれる。そんな体験。



その日も私はいつものように山の中に咲く草花を撮りまくっていました。様々な角度から、陽光の反射を調整し、時には虫も一緒に撮影したり。私の一番好きなひと時です。……我に返ると、辺りが暮れ始めていることに気づきました。私は別段焦ったわけではなく、むしろ時間の経過を疎ましく思いました。山の中にいると、特に時間の経過は曖昧になります。驚くほど速く感じる時もあれば、不気味なぐらい時間が経っていない時もある。とにかく、以前夜まで山で過ごし妻を心配させ、喧嘩にまで発展してしまったことがあったので、私は渋々帰り支度をすることにしました。

しかし――立ち上がった私は、いつもとは違う山の雰囲気に恐怖しました。

これを言葉で言い表すのは難しいです。まるで私のいる山が、恐ろしい何かに包まれてしまったような……いてはいけない場所に来てしまったような……そんな不思議な感覚。

とにかく底知れぬ不気味な山の雰囲気に怯え、私はすぐに帰る準備をしました。しかし、不思議なことに全ての動きがゆっくりになってしまうのです。心は物凄く怯え、焦っているのに、手足が急いでくれない(これがどういう風に起きた現象なのか、それは今でもさっぱりわかりません)。

焦りながら、捗らない手足の動作にいらつきながらリュックサックに荷物をしまっている最中、その声は聞こえました。



「うあぁぁぁぁん」



低くて、山全体に届くのではないかと思うような大きな声。決して動物には出せないような、はっきりとした声。

すぐさま私は周囲を見回しました。どこか特定の場所から聞こえたのではなく、まるで山全体が叫んだように聞こえたからです。

そして、私は見ました。裸で、物凄く背の高い、毛だらけの「鬼」のような何かを。

私は生まれて初めて、おしっこを漏らしました。足は震え、言う事を聞かず、ズボンには自らの排泄物が浸みていくのを感じました、それでも動けない。動こうと思う気すら起きてくれない。
その鬼は、臆する様子はなく、私にどんどん近づいて来ました。
腰を抜かしてその場に座ってしまった私は、極限の恐怖を感じながら、その鬼の姿を目に焼き付けました。写真を撮る――などという発想は情けないのですが全く浮かびませんでした。
鬼は、私のわずか数メートル前まで近づき、もう一度大きく叫びました。「うあああん」と。
その時に感じた私の素直な意見。恐怖で、遠のく意識の中で考えた一つの答え。

「この鬼は人間だ」

私はそう思ったのです。



――私は山の道路脇で発見されました。妻によると、軽い脱水症状だったとか。なぜ山中でなく、道路の近くで発見されたのか。それは未だに解りません。当然、謎の鬼の話も医者や、様々な人物にしましたが、妻以外は誰も信じてはくれませんでした。

私と同じく山暮らしの長い妻は、特に疑う様子もなく信じてくれたのです。

今でも時折うなされることがあります。

大きく開いた口。そこに見える、明らかに人間のものと思われる黄色くて汚れた歯。叫ぶ際の悲しそうな目。禿げあがった頭。「うあん」というおぞましい声。

私の「その鬼は人間なんじゃないか」という意見に妻はこう答えました。

「山の恐ろしさは私もよぉっく知ってる。たまに私も感じるもん。山が私を呼んでいるような感覚。吸い込まれそうになるような感覚。それを振り切るのってすごく難しい。だからたまに考えてたの。もし、そのまま山に吸い込まれて行ったら、山の呼びかけに従って行ったら……どうなっちゃうのかな? って。もしかしたら、あなたが遭ったその鬼は、山に吸い込まれてしまった普通の人間なのかもね」

後に私は、「うわん」という妖怪の名を知りました。調べてみましたが、それは私が経験した事件とは関係の無いもののように思えました。しかし、そのように山に入って行ってしまった人間を恐れ、不気味がり、「妖怪」としてしまったとしたら……。

真に恐ろしいのは、恐怖心を抱いた人間だ――その言葉を、改めて思い出してしまいました。